アイスタワー13cm




 そのときは精一杯の力でやっていたつもりでも、回を重ねていけば慣れてさらに手際よくできるようになるということはよくある。
 それは千代にとっても同じことのようで、最初はどう考えても大変そうに見えたマネージャー業務も1学期が終わるころにはすっかり慣れたようだった。
 練習着を干し終わってのんびりしていたらいつの間にかベンチに置いていたジャグの中身がからっぽになっていた、なんてことを教室で笑いながら話していたときには大変だなぁと思った記憶がある。
「泥汚れってしつこいけど、ちゃんと落とし方があるんだから」
「かわいそう千代、すっかり主婦みたいね。まだ若いのに……」
 胸を張った千代に対して大げさに歎く真似をしてみせたら、千代は慌てたように反論してきた。
「ちょ、違うでしょ!今のは『へーすごいね千代』って私を誉めるトコでしょ!」
「うんうん、いじましいくらいの健気さよ。そこは誉めてあげるわオカーサン」
 その一言に、会話しつつもしっかり動かし続けていた千代の手が止まる。
「お母さんとかヤメて!」
「はいはい、わかったってば。で、その千代はなんで家庭科室なんかにいんの?」
 ダンス練習を終えてグラウンドに行ってみたら、千代は洗濯に行っていなかった。それならばと洗濯機の所まで行ってみたがそこでも千代の姿は見つけられずに、あきらめて帰りかけたところで千代の自転車が昇降口にあるのに気づいた。
 下駄箱には上履きがなく(ちょっとした用事なら上履きなんて履かないだろうから、これは本格的な用事があるということ)探検がてら校内を散歩していたら、校舎端っこの家庭科室で千代を見つけたという訳だ。
「今日はオヤツ作り。やる?」
「レモンのはちみつ漬け?」
「ううん、今日はアイス」
 合宿中の選手の食事は普段よりもしっかりと考えられた献立メニューだから、多少なら脂肪分を含んだ甘いオヤツを準備しても良いという許可がでたらしい。
「時間あるなら一緒にどう?」
「やるやる!教えて!」
 時計を確認しても時間は充分。教えてくれる人がいるなら、調理実習は楽しい。
 志賀先生直伝らしい、必殺混ぜるだけレシピを忠実になぞっていく。
「混ぜて冷やすだけでできるんだけど」
 混ぜて冷やす作業の傍ら、しばらくは今踊っているダンスの話や千代の仕事の話など雑談が続いた。
「千代もよーやるよね」
 唐突な話題転換に千代は目をパチクリさせる。
「何のハナシ?」
「部活のハナシ」
「こないだ2人で話してたんだよ。そんけーするって」
「今日だって普通にやることはあんでしょ?それに加えてオヤツまで準備するなんて、頑張るね〜」
 ハンドミキサーと氷入りボールをそれぞれ手にして私たちは感心したようにつぶやく。
 千代の仕事には休みがない。毎日重たいものを運んで、暑い中草を刈って、家でも新聞や雑誌とにらめっこしていることが多いと聞いた。
 私たちだって踊ることは好きだけど、そこまでやったことがないからよくわからない。
 大変だって思ったことはないんだろうか。
「あー、それね、よく言われるんだけど、ちょっと違うんだよね」
「何が違うって?」
「私が“よーやる”ってハナシ」
「どう違うって?」
「うーんとね、私はこれくらいしかできなくて、だからこうやってアイス作ったりしてるってこと」
 千代が言葉を選びつつゆっくり答えたのは、だいたいこんな内容だった。
 どうしたって私は女だから人数不足の野球部を助けられない。できることとできないことの差がはっきりとし過ぎている。いっぱい練習して力になれるわけじゃないから、せめて少しでも他の事で力になれたら。
「だからせめてこれくらいは、ね」
 千代としては努めて明るく言ったつもりだったらしいが、私たちとしてはちょっと聞き流せなかった。
「さ、早くやろう?じゃないと時間なくなる」
 千代は人数分の食器を並べ、アイスの型を取るための皿を取り出す。
「千代さ、それってちょっと違うんじゃない?」
「うん?何が?」
「千代がこれしかできないっていうの。でしょ?」
 バットに液を注ぎながら片割れを見やれば、彼女も心得たように頷いた。
「練習する人と、支える人と、上目指すにはどっちも必要じゃん?」
「部員の方がエライとかマネの方がダメとかないと思うんだけど」
 私達2人の言葉に、千代は誤解を招いてしまったかと少し慌てた。
「違うの、どっちがエライとかダメとかじゃなくて……」
「そりゃトーゼンよ」
 本当は千代が言いたいこともなんとなくわかってはいるけど、千代が自分をあまりにも軽く見ているのはなんだかなと思う。
「千代がいなきゃオニギリ作る人いないんでしょ?そしたらヤツラは腹減って困るでしょ?体重管理にはオニギリが必要なんだって前阿部くんも言ってたじゃんねぇ」
「マネの仕事だって必要だから千代がマネしてんでしょ?」
「要はどっちもいるってことで!」
 こうまでズバリ言い切ってしまえば千代も反論できないらしく、大きく見開いた目でビックリしたと伝えてくる。
「そう、かな……」
「そうでーす。まぁ最終的には部員に頑張ってもらわないとだけど」
「千代もちゃんと大事なんだから」
「………」
 笑った千代はとても可愛かった。




「すげー、なんだ今日のオヤツ!」
 ワイワイと家庭科室の外から回ってきた野球部員は机の上に並んだ皿を見て歓声をあげる。
「もしかしてコレ、手作り?」
 皿は家庭科室のものを借りたが、中身は手作りしたアイスが3種類。しかもポッキーのおまけまで付いている。
「篠岡が作ったのか?」
「チアの2人も手伝ってくれたんだよー」
「ど、どーも……」
「お邪魔してまーす……」
 少し固めに作ったアイスを三種類の型で抜き、大きさ順に重ねたアイスタワー型パフェ。
 チョコとバナナとレモンの組み合わせは微妙に合ってないかもしれないが、疲労回復とカロリー摂取には適しているはずだ。
「オイそんな食い方ヤメロって!」
 程なくして悲鳴に近い声が聞こえて顔をあげると、男子の方ではなにやら騒ぎが起きていた。
「えー、皆やるだろ?」
 そう話す彼はアイスに刺さっていたポッキーをくわえている。否、ポッキーと呼ぶには全体的に茶色い部分が少ない。少し食べられて短くなったそれはどちらかというとプリッツのような色をしていた。
「こうすりゃチョコとプリッツと楽しめるじゃん?何だっけ、一度で二度おいしいってヤツ」
 どうやらポッキーのチョコだけを剥ぎ取る食べ方の話をしているようだった。
「そーそー、まさにその通り!」
「んな食い方誰もやらねーって……」
「いーや、絶対誰もが一度はやったことがある。オレはダンゲンするね」
「オレ家でならそーやって食うけど」
「家でならまだ許せるかな」
「つかみみっちい」
「オレも実はやったことあったりして……」
「お前もか。ありえねー」
「チョコだけ食うのって意外とムズくてさ、途中で折れちまうんだよなー」
「キレイに食えるとスゲ気持ちイーんだぜ」
「ああもう止めてくれ……。キタネェから……」
 主将が泣きそうになっているのが笑える。7組ではあまり見ない姿だ。
「しのーか、ポッキー余ってネェ?」
「余ってるには余ってるけど……」
 1人に2本ずつ差し、余った分のポッキーは冷蔵庫に入れてある。アイスのカロリーは控えめにしてあるとはいえ、ポッキーを食べ過ぎてはせっかくのカロリーコントロールも意味がない。
「コラコラ、食べ物で遊ぶもんじゃないよ」
 遅れてやってきた志賀がやっと止めに入った。
「はい篠岡、一言どうぞ」
 指名されて千代が立ち上がる。息を大きく吸う。
「食べ物は、粗末にしては、いけませんっ!」
「あーあー、千代ちゃん怒らせると、もう二度とオニギリ作ってくれないかもね〜」
「!……」
「………」
「……すんません……」
 千代を挟んで私たちと逆隣に座ったカッコイイ女監督が笑いながらやんわり釘を刺すと、部員たちは目に見えて慌てた。
「もしかして千代って最強?」
「最強っていうよりは、むしろ最恐?」
「胃袋掴んだモン勝ちっていうけど、よく意味がわかった……」
 普通にポッキーを食べながら2人で話したけど、この予測は多分間違ってない。



 勝つためには部員の頑張りと、それを支える周囲の人間が同じくらい必要だ。どっちがどれだけなんてきっと関係ない。勝利を望む気持ちはきっと誰もが同じだけ持っている。

 千代はきっと野球部で最強の女の子。