甘くない14日




「練習お疲れ様、今日は何の日かもちろん皆わかってるわよね?」
 夏よりさらに増やした走りこみ中心の練習をこなし、ついでに筋トレと柔軟もして今日の練習は終了。
 ベンチから声をかけると、期待に満ちた顔がいくつか集まってくる。
「コレは私からの差し入れです」
 ベンチ脇に置いてあったカゴの中にはチョコレートの包みが13個入っている。部員+マネージャー+専任教師の分だ。日本でバレンタインデーが叫ばれだした当時は「唯一女から男へ告白できる日」として設定されたらしいが、ここ数年は友チョコなる女同士でチョコレートを送り合うという新たな習慣もでき始めている。
 実際マネージャーからもクッキーをもらった。そのお返しがこのカゴの中のチョコだと思うと、一番彼女に対して申し訳なく思う。
「え、手作りっすか!?」
 リボンを使ってかわいく武装してみたものの、お世辞にも既製品のように華やかだとは言いがたい包み方でわかってしまったのだろうか。あっさり手作りと見破られてしまった。
「そうよ、大事に食べてね」
「もちろんっす!」
 もらえるにしても出来合いのものだと考えていたのだろうか。手作りと聞いて俄然テンションのあがる高校男児。
「やったー!」
「スゲー、監督もお菓子作れるんすね!」
「ありがとうございます」
 若干気になる表現も聞こえたが気にしない。
(そんなに喜ばれるとねぇ)
 チョコの正体を知っている身としてはあまりに喜ばれると心苦しい部分がある。
(なんたって普通のチョコじゃないから・・・・・・)
 決してウケを狙ったわけではない。むしろ彼らのことを考えてのレシピだ。
 本命か義理かは知らないが、今日彼らがチョコレートを誰からももらえなかったとは考えにくい。
(皆それぞれ気質もいいし見目のいい子もいるし、それでなくても野球部だし。きっといくつかはもらってるでしょう)
 バレンタインなんて本来やらなくてもいいものだ。キリスト教徒ではないし、お菓子会社に勤めているわけでもない。その起源(正しいかどうかは別にして)を知ってしまった今では、幼い頃のように無邪気にバレンタインに浮かれることもできない。
(イベントが嫌いなわけではないけどね)
 それでも現役高校生を相手にしている身分としては、彼らの士気をあげて信頼関係をさらに築くきっかけになるとすれば、こういったイベントも欠かせないかもしれない。
(さすがに本命とは受け取られないようにしないとね)
 部費から材料費を出すわけにもいかないので自腹を切ることになったが、何より材料の半分は家にあったものなのでそう痛い出費ではなかった。
「千代ちゃん、渡してあげて」
「ハイ」
 きれいにラッピングされた包みはすっぽりと手のひらに収まるサイズ。1人6個ずつ入っている。
「あまり甘くはしてないから、甘いもの苦手でも食べられるよ」
 むしろしょっぱいと言った方が正しかっただろうか。
 この中に甘いものが苦手な人間がいたかどうかもわからないが、どちらかというと先ほどの注意は甘いものが苦手な人間へではなく、全員にそのチョコが「甘くない」ということを認識させておくため。
「すげー、なんだっけこのチョコ」
「オレ知ってる、トリュフだろ?」
「確か冷蔵庫で冷やしながら作るんだよ。姉ちゃんが前挑戦してたけど、むずかったらしい」
 監督すげーなー。
 そんな目で見つめられるのは非常に申し訳ない。
 溶かして固めるタイプのチョコでも良かったのだ。それをわざわざ手間のかかるトリュフにしたのはせめて中身が見えにくいようにと思っただけなのだから。
『あざーっす!』
「帰りながら食べないように。食べ歩きなんてカッコ悪いからね!」
『はい!』


 誰が一番に、チョコに混ぜられたものの正体に気づくだろうか。何かが混ぜられているのにはすぐに気づくだろうが、それが煮干しだとはなかなか気づかないだろう。
(全てはあの子たちの健康のためよ)
 いくら今日がバレンタインデーだとしても、甘いチョコレートばかりでは糖分の摂りすぎなのは目に見えて明らかだ。
 その点煮干しチョコなら、部活後の疲労回復にも役立つしカルシウムも十分に摂ることができる。
(こんなにも彼らにピッタリなチョコなんてないわ)
 14日が「煮干し〔に=2・ぼ=1(棒)・し=4〕の日」だと知ったときから密かに考えていた。
 企画の段階ではたいそう楽しかったが、実際に出来上がったものを渡すには勇気が必要だ。気分はまな板の上の鯉のよう。
(ま、楽しかったからいいか!)




 後日、煮干しチョコを食した彼らからの質問攻めにあい、正直に中身を告白した。
「オレらすげーもん食っちゃったな」
「でもフツーにうまかったな」
「ああ、うまかった」
「煮干しって気づかなかったけど、甘いのにしょっぱくてクセになる味だったもんな〜」
 意外と好評だったらしい煮干しチョコに胸を撫で下ろした。
(安心したけど、このチョコは心臓に悪いわ)
 来年はもっとマシなものを考えるべきかもしれない。