甘くて酸っぱいお日様色




「ぜってー肉まん!だって腹にたまるし!」
「おでんだってお腹も満たされて体もあったまって一石二鳥!」
(もうダメだ)
 周りの人間は無責任なことばかり言って騒ぎをあおる。
(オレがどんなに苦労して場を収めようとしてるかわかんねーのかよ!)
 騒ぎはどんどん拡大していく。もう手の施しようがない気がした。
 誰か何とかしてくれ。泉は心の底からそう思った。



 その日の話題は大晦日の過ごし方についてだった。
「オレんちは年越しソバ食ったらそのまま寝るよ」
「オレは紅白見たら出かけるな、家族揃って初詣に行くから」
「カウントダウンライブずっと見てる。だって紅白つまんねー」
「そういやオレんちでは年越しに食うのはざるソバなんだけど……」
「ふつーのソバはあったかいもんだよな?どうなってんだオマエんち」
「冬にザルでもうまいって」
「我が家では大晦日の定番っつったら紅白見ながらのアイス。コタツでアイスは本当においしい」
 そうコタツでアイスを提案したのは沖だった。
「いい、オレもそれ賛成!」
「どんなアイスでもコタツで食べると格別だよな〜」
「そうそう」
 栄口がそれに続き、甘い物好きの2人はいかにコタツでアイスが良いかを語り始める。
「ちょっと待てよ。冬のコタツっつったらミカンだろ?何でアイスだよ」
 そんな沖と栄口に待ったをかけたのは巣山だった。
「日本のコタツにはミカンが合うんだ。アイスなんてなぁ」
「あ、オレもそう思う。アイスがうまいのは夏だろ。冬はちょっと寒いし」
 巣山のコタツでミカンに賛成したのは同じ坊主コンビの片割れ花井だった。
「あったかい部屋で、あったかいコタツに入って食べるから冷たいアイスがうまいんだよ」
「そりゃアイスは夏でもウマイけど、冬は冬で楽しめるのがアイスなんだって」
(まぁ一理あるな)
「“冬といえばコタツでミカン”ってのが昔から語られてきた日本の風景だ」
(まぁそれもわかる)
「ポッと出のアイスなんて認められっかよ」
「頭固いな巣山も花井も。どこのおじいさんだ」
「なんだと!」
「コタツで食べるならアイスが一番だ!」
「違う、ミカンだ!」
 普段なら部内のちょっとしたいさかいを収めてくれるメンバーが率先して言い争っているものだから、歯止めのかかりようがない。
 残りのメンバーはおもしろそうに事の成り行きを見守っている。
「だからぁ、コタツとアイスのその温度のギャップが素晴らしいんだ!」
(ああ、それもよくわかるよ)
「コタツの上にはミカンが必ず置いてあるもんだ。1日3つ以上食うと手が黄色くなるけどよ!」
(そういやオレも昔食いすぎて爪が黄色くなったことあったな)
 どちらの言い分もそれなりにわかる。
 コタツにミカンというのは日本の冬といえばお決まりの情景で、コタツの中で猫が丸まって寝ていたり外では雪が降っていたりすればさらに申し分ない日本の風景であると断言できる。
 対して、冬にアイスを食べるというのは寒いだけじゃないかという意見があるのも事実だ。しかしそこは順応性の高い日本人のこと。あたたかい飲み物とコタツの力を借りて、冬でもアイスを楽しむ方法を見つけてしまった。夏に熱い熱いと汗をたらしながらカレーを食べるのも冬にコタツでアイスを食べるのも、そのギャップを楽しむことに他ならない。
 どちらの言い分もわかるにせよ、誰も間に入る人間がいない以上この場の収拾がつかないのはわかりきったことだった。
(いつもなら花井か栄口がなんとかしてくれるのによ)
 今日は2人とも率先して言い争いに参加しているため、なかなか冷静になってくれそうもない。
 続く沖と巣山もかなり熱くなっているようで、落ち着く気配はない。
(他には……)
 田島や水谷では場を混乱させるだけ。三橋もこういう場合は頼りにはできない。残るは西広と阿部だが、西広は「オレはミカン派だな」なんて騒ぎに参加し始めるし、阿部は「ほっとけ、オモロイから」なんてまったくこの場を収めようという気がないらしい。
(ったく、コイツら……)
 ひとまずこの盛り上がった空気を少しでも静めなければならない。血気盛んな高校生だ。誰かが間に入らなければそのまま一悶着、なんてことにもなりかねない。
「夏はソーダ系がうまいけど、冬はどんなアイスでも合うよな〜」
「そうだな、オレは冬ならチョコ系が好きだ」
「お、やっぱ泉はわかるヤツだよ。オレ信じてた!」
 アイス派の栄口が嬉しそうに肩を叩いてくる。
「でもオレはミカンも好きだ」
「ホラな、泉もアイスよりはミカンだよな?」
「ミカンの白皮取るか取らねーかでいっつも迷う」
「泉はわかる男だ。それがミカン食うときの醍醐味だ」
 今度は嬉しそうに巣山がオレの肩に手を置いてきた。
 だがここでどちらかに流されるのは得策ではない。意を決して口を開く。
「オレが思うに」
『思うに?』
「コタツにはアイスも合うし、ミカンも合う。それでいいじゃん」
 どちらかに賛成していては火に油を注ぐだけだ。それにアイスもミカンもどっちもウマイことに変わりはない。
「オレはどっちも好きだ」
「それじゃダメだって!アイスの方が合う」
「いーや、ミカンだ!」
(どっちも合う。ンなことも認められねーのかコイツラは!)
「わぁったよ、んじゃどっちが合うかやってみればいいだろ!」
「どうやって?」
 やったってそれぞれの思いは変わらないだろうが、残りのメンバーにアイスかミカンかを決めてもらえばそれなりに気持ちの整理もつくだろう。
「三橋、オマエんちコタツ出してるか?」
「う、うん、出して、るよっ」
「今から行っていいか?」
「う、うんっ」
「なら沖と栄口はアイス買って来いよ。巣山と花井はミカン用意して来い。オレらは三橋の家で待ってる」
「よし、決まりだな。アイスの方が合うってことわからせてやるよ」
「オレらだって負けねー。とびっきりのミカンを買ってってやるから」
 バチバチと鳴る火花が見えた気がした。
(絶対どっちもどっちなんだろーけど)
 結局三橋家のコタツを借りて、合うのはアイスかミカンかを判定することになった。



「よし、まずはどっちからだ?」
 アイス派とミカン派が向かい合ってコタツに陣取り、残りのメンバーは思い思いに腰をおろした。
 いくら三橋の家のコタツが一般家庭用の大きなコタツとはいえ、さすがに10人は入りきれない。あぶれた数人がソファに座っているが、三橋がエアコンをつけてくれたのですぐに暖かくなるだろう。寒くはない。
「ちょい待ち」
「なんだ田島」
 ガサゴソとコンビニの袋から田島が取り出したのは肉まんだった。
「はぁ?何で!?」
「じゃじゃーん、オレ肉まん買ってきた。腹減ってたらアイスよかミカンよか肉まんだろ」
 確かにホカホカと湯気を立てる肉まんはおいしそうで、ゴクリと喉が鳴る。
「オレはおでんで〜す。味の染みた大根は格別だよ」
 続いて水谷がバランスに気をつけながら袋から取り出したのはコンビニのおでんパックだった。
 フタを開いた瞬間においしそうなにおいがふわりと漂う。すきっ腹には辛いにおいだ。
(アイスかミカンかってだけでも手間取ってるってのに……)
「オレらも混ぜてもらおうと思って、さっき買ってきたんだ」
「コタツに合うのは何が一番かさっさと食って決めようぜ!」
「余計なマネしやがって……」
「ん?泉なんか言ったか?」
「何も言ってねーよ!」
 そして騒ぎは冒頭へと続くのだ。
 ふと気づけば阿部がじっとこっちを見ていた。
「なに見てやがる阿部」
「いや。頑張るなと思って」
「オマエが何もしねーからだろ!手伝えよ!」
「手伝やいいのか?」
「………」
 冷静に考える。場を収めようとしてくれる人間が増えるのは喜ばしい。だが田島と水谷までが騒ぎに参戦してきた今、今さら阿部が手伝ったからといってどうにかなるとも思えなかった。
「………。いい、何もすんな。そこで黙って座って食ってろ」



 冬のコタツに合うのはアイスかミカンか肉まんかおでんか。
 答えなど出ようはずもない。先の見えないまま、ある意味どうでもいい戦いが始まろうとしていた。
 巣山と花井がスーパーで悩みに悩んで購入してきた渾身のミカンが目に入る。もう勝負の行方なんてどうでも良くなっていた。
(ああ、甘酸っぺーなー)
 こんな気分のときに合うのはミカンが一番だった。