暑い日には




 今日から2学期が始まる。9月になっても相変わらず日差しは強いし台風も来る。暑い。8月とどこが違うのかといえば、授業が始まるくらいだ。
 西浦高校では新学期初日は授業がない。朝一番の大掃除に加えて国・数・英の試験が行われ、昼をはさんで委員会に防火・防災訓練という特別時間割が組まれている。
 試験は夏休み中の課題を元に出題されるため、例のごとく野球部は仲良く集まって勉強した。
 たかが課題テストといえど、点や提出状況も成績に含まれる。高校に入るために一生懸命勉強したという2人には当時の頑張りを思い出しつつ、ぜひこの辺の事情を理解して欲しいものだ。
 試験は嫌だが授業がないのは嬉しい。試験以外で授業がなくなるのはなおさら嬉しい。
 今日のメインイベントは6時限目の防火・防災訓練だ。
 これらの訓練はどの学校でもだいたい学期に一度の割合で設定されていて、さらに初回は避難訓練をするものだ。
 4月の入学式の後にすぐに経路の確認がされて全校あげて避難訓練が実施されたが、全学年がぞろぞろと校庭へ脱出する姿はいつかテレビで見た水牛の大移動のようだった。
 残りの2回は学年ごとに時間をずらして行われる。2学期の訓練は放水体験に決まった。
 朝のHRで体験希望者を募っていたが、高校生にもなって率先して手を挙げる人間はいない。結局7組では担任から指名された今日の日直を含めた4人がその大役を務めることになった。
 きっとどのクラスもそんなものだろう。
 そう思っていた。

 訓練は体育館の消火栓から伸ばしたホースを校庭へ向け、15メートル先のベンチを水圧で倒すというもので、クラス順に進む。
といっても活動しているのは手伝いの教師数名とクラスの代表だけで、残りには特に仕事があるわけでもない。
 クラスの代表が放水するときに最前列あたりでその様子を眺めるという、なんとものんびりした時間が流れる。
 待っていると7組の番が来て、ホースと的であるベンチに平行になって並ぶ。
 間近で見るとホースからほとばしる水は思った以上に強烈で、女子はその勢いに負けて狙いを定めるどころか前に進むことすらできていない。
 多少の難はあったが、結果的に彼らはそれぞれ見事にその役を務め7組の訓練は終了した。
 朝の時点で大掃除をすませているせいもあり、校内はきれいなものだ。今日だけは放課後の掃除が免除されている。
 HRを終えたら後は部活だけ。今日はどんなメニューだろうか。
 そう考えていたが、最後のクラス9組の代表が前に進み出てきたのを見て思考を中断させる。
 9組の代表には田島と三橋が含まれていたからだ。
「アイツら立候補してそうだよな」
 水谷の台詞はおそらく当たっていると思う。
「危ないことはすんなって言ったのに」
 ぶつくさと呟く阿部の台詞が笑える。
「まぁいいじゃん。見てっとわりと面白そうなのも確かだし」
 やっているほうは真剣なのだろうが、ギャラリーはのんきなもので、時折飛んでくる水しぶきに夏の涼しさを求めている。
 周りを見回しても7組に特に集合がかかっているわけでもなさそうだ。  行ってみっか?と2人を誘って9組の端に並ぶ。頑張る野球部の代表として田島と三橋の姿を見届けてやろう。
「よっ」
「おう、来たのか」
「なあなあ、あの2人立候補だろ?」
「よくわかったな」
 泉と浜田さんが苦笑している。
「朝のHRで田島が真っ先に手ぇあげたんだよ。んで、三橋は田島の推薦」
 俺と浜田は逃げたけど三橋はそのまま頷いちゃって。と泉は続ける。
 それを聞いて阿部の眉間のしわが深くなっていく。
「大丈夫だって阿部。どのクラスのヤツラもちゃんとできてたじゃん。女にだってできるんだし、あの2人はどう考えたってそれよりは力あるよ」
「そりゃそうだけど、万が一ってことだって・・・・・」
 阿部は投手がからむと少しおかしい。
 捕手が投手に対して何の興味も持たなくなったらバッテリーはお終いだろうから、これはこれでいいのかも知れないけど。皆なんとも言えない表情を浮かべている。
「いや田島だっているし、めったなことにはなんねーよ。なあ?」
 思わず泉に同意をもとめるが、泉は首を振った。
「そか、花井は球技大会のこと知らねーのか」
『球技大会?』
 阿部も泉の台詞を聞きとがめた。
「いや、何もねえよ。それよかほら、始まるぜ」
 促されて注意を向けると田島の番になっていた。
 こちらに気づいたようで手を振っている。とても楽しそうだ。
「よっと」
 足を踏ん張ってホースを構える姿はなかなか堂に入っている。
 しかしその表情に何となく不穏な気配を感じる。
「・・・・・。なあ、ホースの方向と角度おかしくねーか?」
「・・・・・。確かにおかしいっちゃおかしいけど、多少ずれてるだけだろ。大丈夫だよ」
「・・・・・。そうだよな」
 頭を振って浮かんだ疑念を払う。
 そう、きっと大丈夫。
 一瞬田島の向けたホースの延長線上に自分たちがいるように見えたなんて、きっと気のせいだ。自分たちがベンチ側の端にいるからそう見えただけに違いない。
 今は確かにホースは的であるベンチにまっすぐ向かっている。
「せ〜のっ!」
 田島の掛け声を合図に栓があけられホースから水がほとばしる。それと同時に田島はほんの少し矛先をずらした。その動作は実にさりげなかった。
 いったん空に向かって放たれた水は、すぐに重力にとらわれて落下を始める。横から見ていたらさぞかしきれいな放物線を描いているに違いない。
 なんだか時間がゆっくり流れるような気さえした。
 訓練の為にと、全開の状態に比べれば栓は多少しぼってある。それでもベンチを簡単に吹き飛ばすくらいの水圧はある。
 田島も少しは考えたのだろうか。直撃していたらさぞかし危険だったに違いない。でも雨にしてはずいぶんと勢いの強いそれは何の修行かってくらいの冷たさだ。
 驚いた教師が慌てて水を止めるがもう遅い。
 列の端から田島の雄姿を見学していた野球部数名(+応援団1名)はすでにびしょ濡れになっていた。
(ゴメン、阿部、水谷)
 見に行こうと誘ったせいでまさかこんな状態になろうとは予想すらできなかった。申し訳ないと思う。
 まずはとばっちりを食らったかもしれない野球部以外の9組に謝るべきだろうが、幸い少し離れたところにいたおかげで周りへの被害はさほどではなかった。せいぜい跳ねた水で足が濡れたくらいだった。
(良かった、俺たちだけですんでる)
 部活柄着替えだって持ってきているし、なんてことはない。今日も暑かったから逆に気持ちいいくらいかもしれない。
 呆然とした頭の片隅で、意外と冷静に考えている自分がいることに驚く。
 教師はすっ飛んでくる。
 騒ぎを起こした張本人は「水も滴るイイ男〜」なんて言ってニカッと笑う。
 三橋は驚いていつもより挙動不審になっている。
 同級生たちは笑っている。


 それから後は心配されるやら怒られるやら、からかわれるやら。
 それに対して花井はひたすら謝り通した。たとえ慰められていたって謝り通した。
 花井にはもう謝る以外の行動は取れなかった。
(俺は被害者じゃないのか!?)

2学期の始まった日は、そんな日だった。