ワンライ



宮うつつ / 眼鏡
清音 2015/7/118

 清音の目の前で、ブラインドが大きくぶわりとふくらんだ。テレビ台に置いていた広告が吹き込んだ強風にあおられ、網戸をはさんだ向こう側でうつつが「あ、」と声をあげる。
「え? ……あ!」
伸ばした手は届かなかった。広告が宙を舞い、続いて「カシャン」とフローリングに硬い音がした。



 その翌日、すっかり元通りになった眼鏡をかけて意気揚々と店を後にした清音を入口で待っていたのは、学校帰りと思しき姿のうつつだった。
「うつつ?」
「メガネ、ごめんなさい!」
 清音はうつつからは見えないようこっそりとため息をつき、昨夜から何度も繰り返した言葉をもう一度となえる。
「気にするな、うつつ」
 一日を裸眼で過ごしてみてもそこまでの不便さは感じなかった。板書くらいなら前の席に座ればいい。ネジの外れた眼鏡もこうして元通りになった。そもそもの話、清音の眼鏡が壊れたのはうつつのせいではなかった。
 O・Dからの荷物を届けに来たうつつがベランダの扉を開けた瞬間、風が一号室に吹き込んだ。その風は上に乗せていた眼鏡ごと広告を巻きあげ、ネジのどこかが緩んでいたのか落ち所が悪かったのか、有体に言って清音の眼鏡は壊れた。けれどそれは清音が不用意な場所に眼鏡を置いたことに原因がある。
「でも、ごめんなさい……」
 どう考えてみてもうつつがここまで気に病む必要はどこにもないのに、それを気にせずにはいられないのがうつつなのだろう。かくして清音は昨晩に引き続いて頭をかかえた。清音に刺さる周囲の目もなんとはなしに痛い。
「いくらしたの? 今日は不便だったでしょ? ……ごめんなさい」
「あのなうつつ、昨日も言ったけど、そこまで目が悪くなってるわけじゃない」
 眼鏡に頼りきった生活はしていないこと。今日も支障はなかったこと。諸々を説明してみても、うつつの表情はなかなか晴れない。
「……今日バイトか?それとも公園の手伝い?」
 これからの予定を尋ねてみれば、どちらも今日は休みだとのこと。となれば、二人が向かう先はひとつしかない。清音はうつつを促して歩き出す。うつつはうつむいて、それでもちゃんと清音の後をついて歩いた。
「うつつの気がすまないなら、今日は俺にタピオカおごってくれ」
 目をしばたたかせたうつつに「俺はタピオカが飲めて嬉しいから、それでいい」とつけ加えると、ようやくうつつは小さく笑ってうなずいた。


 清音はこんなときによく思う。
 もっとさりげなくスマートに、誰かの気鬱を取りのぞくことが自分にもできたならいいのにと。けれどそんな高等な技術が今の清音にはまだないこともよくわかっている。人とのつきあいを避けて過ごした期間を後悔しているわけではないけれど、これからは違うように生きてみたい。
 大学生活をしっかり送ろう。そんなことを考えながら飲んだ久しぶりのココナッツミルクティーが、喉にあまく沁みた。


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@mamiyakei



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