一ノ瀬はじめについて



清音



 ぼとりと落ちていたのは、つつじの花弁だった。
 日も暮れて夜となり、己以外に人の気配もなくなったそこに、白い花弁が落ちている。



 早朝や夜の帳が降りた、しんとした空気が昔から好きだったのもある。ガッチャマンが世間に姿を公開してからというもの、刀でも振るおうものなら客寄せパンダのごとく物好きな人が清音の周囲にあふれた。
 だから清音は以前にもまして、公園の中に誰もいない時間帯を見計らってから刀を持ち出すようにしている。
 CAGEの上、清音が鍛錬の場所にしている緑の芝生の上に、白い花が落ちている。何の変哲もない、つつじの花だ。
 誰かに踏まれた様子もなく、今まさに木から落ちましたと言わんばかりの、あまりにも形よい花に、落ちているというよりは置かれているといった方が正しい気がした。
 何となく拾いかけ、つられて上げた視線の先の地面に、今度は紅い染みがひとつ、ふたつと続いている。
 赤い――まるで血を思わせるその色にぎょっとして、染みではないのだと思い直す。そしてある予感に従って背を伸ばし、さらに遠くへと視線を投げかける。そういう予感は往々にして的中するものだ。
 赤、白、ピンク。つつじの花は、一定の距離を置きながら、公園の奥へと誰かを誘うように色を置いていた。


 なぜ花が落ちている、とはもう思わない。清音はため息をついて刀を納め、花を追うことにする。
 数個目のつつじを手に、ふと考える。もしここで清音が足を止めたなら、ここから先に落ちているだろう花々はどうなるだろう。そのうち吹くかもしれない風にあおられて、標の意味もなさないまま、明日になれば何も知らない誰かに踏まれ、汚らしく朽ちていくのだろうか。
 戻ってしまおうか、といつになく意地悪く考える。なんといっても清音はまだ今日の分の鍛錬をすませていない。刀を振るおうとしていつもの場所にやってきて、つつじを見つけてしまった。
 けれど、一瞬の後には、清音はつつじを追って足を前へ前へと進めていく。どんなに厄介に思っても、見ない振りなんてできないと知っていた。


 広大な敷地を持つ公園の中を、花を追って清音は行く。途中で持ちきれなくなった花は、途中で見かけた木の根元に寄せておいた。そうして歩いている間に花の標が途切れ、ならばこの近くに違いないと清音はぐるりと辺りに目を凝らす。

「なんだっていつもいつも……」

 知らず知らずのうちに低くなった声に、苦い思いを噛みしめる。
 今は青い葉を茂らせる銀杏の根元に彼女はいた。目を閉じている。眠っているかのようだ。
 ここに外部からの音は届かない。街灯の光もなく、かろうじてうっすらと月の灯りが周囲を照らす。人工的なものを一切排除されたそこは静かで、ある意味とても完成されていて、清音はいつも感じているように、今日もまた、その空間の中へ一歩を踏み出すことを躊躇った。
 眠っているのなら、起こすべきではないのかもしれない。


 これで何度目になるだろう。そうしょっちゅうあることではないけれど、初めてでもない。こうして人目のなくなった公園で寝そべり、誰かに見つけられるまでの時間をじっと過ごす彼女。
 メンバーは基本的にNOTEさえ手元に置いていれば、いつでも誰とでも簡単に連絡が取りあえる。その安心感があるからだろう、メンバーは互いの居場所を常には把握していない。学校でもバイトでも任務でもなく、マンションにもCAGEにもいないとなれば――まして街中でもなく、こうして公園のどこかに紛れ込んでしまえばなおさらだ。誰にもその姿を見つけられはしない。
 そうやって彼女は、ごくたまにこうして姿を消す。そしてこのつつじの花のように、必ずその跡をたどるための何かを残す。それは季節によって紅葉の葉であったりススキの穂であったり、雪の降った日には、小さな雪だるまがいくつも連なっていたこともある。
 大量の雪玉を丸めるのが大変だったせいかは知らないが、彼女はその日、CAGEからすぐ近くの場所にいた。新雪の上に寝転んで、寒くないのかと尋ねれば、「寒いっすよー」と笑った姿には、さすがに呆れた。
 本当は見つけられたくないのかもしれないと思うこともある。こうして探して、そのやすらぎの時間を妨げることが良いことなのか清音にはわからない。人に囲まれてにぎやかに過ごす彼女にだって、人知れずひとりになりたいときがあってもおかしくはない。それが決して本当の意味でひとりきりではなかったとしても。


 けれどどうしたって、彼女の示すヒントに清音は気づいてしまうのだ。気づいたのが自分でなければ良かったのにとは思っても、追いかけてこいと言わんばかりに差し出されたそれを、見ない振りなどできない。
 そして、こうして清音が追ってこなければ、そのまま戻ってこないのではないかという馬鹿げた不安もあった。


 清音には彼女がわからない。なにを考えているのか、なにをしたいのか、どうして欲しいのか。そのすべてが清音にはわからない。彼女は彼女だということならわかっている。その身に取り込んだベルク・カッツェの存在があったとしても、彼女は彼女だ。それを疑ってはいない。
 それでも、引きずられることがないとは限らないと思ってしまう。そんな自分が嫌だった。
 わからないからわかりたいのか。知らないから知りたいのか。
 その内に入ってしまえば、わかるだろうか。彼女の中で暮らすベルク・カッツェにならば、彼女の内側にある、秘めた何かを知ることができるのだろうか。声を聞けば苛立つばかりの彼に、今ほど教えを乞いたいと願ったこともない。


 しばし惑い、けれど結局清音はぐっと拳をにぎりしめ、彼女へ向けて一歩を踏み出す。こんな奥までやってきておいて、今さら帰るだけなんて、時間がもったいないだけだと言い聞かせる。

「おい、はじめ、起きろ」

 見下ろした彼女の瞼はしっかりと閉じられていて、その逆に、唇はゆるやかに結ばれている。そしてベルク・カッツェを宿すその豊満な胸は、ぴくりともしない。
 夜目がきくといっても、この暗さで顔色が判別できるほど見えるわけではない。
 本当に眠っているだけなのか、それとも。胸の内をあっという間に覆った不安にかられて、清音は彼女の肩を揺する。

「はじめ、起きろ。おい――」

 微動だにしないその瞼が開かれることを、祈るような気持ちで待った。


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カッツェさんをその身に受け入れて秋、冬と過ごし、春になって。
いなくなりかけるはじめちゃんと、連れ戻したい清音。




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