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届けたい心:累
ねえX、聞いてくれるかい。
君はとても優秀だ。それは君を創ったこのぼくが一番よく知っている。でもそんな君も、ぼくと君が別れた後のぼくがどんな風に過ごしているかまでは知らないだろう? ぼくをぼく――爾乃美家累として認識できていない今の君は、きっとカッツェに情報を操作されているだろうから。街の防犯カメラに映ったぼくもテレビやネットに流れた映像の中にいるぼくも、存在そのものが君の情報網に引っかかってそうと認識されないように細工されているかもしれないからね。
だからX、聞いてくれるかい、今のぼくのことを。他の誰よりも、君に話を聞いてほしいんだ。
クラウズと君をカッツェに奪われたあと、ぼくは文字通りひとりだった。とても孤独だったよ。あきらめきれず何度も君に呼びかけながら、行くあてもなくひとりで街をさまよい歩いた。
途方に暮れていたぼくの目に飛び込んできた呼びかけに誘われて、幼稚園に行ったよ。そして居場所をなくしてしまった僕は、そのままガッチャマン達が集うマンションへと誘われたんだ。
君もまだ存在を知らなかった人がガッチャマンにはいたよ。背がとても高くて、一言でその特性を伝えるならばオカマというタイプの人だ。O・Dと名乗ったその人は僕にメイク落としを手渡して、「お化粧はその日のうちに落とさなきゃダ・メ・よ」とウィンクした。化粧を落とすことをためらわなかったと言ったら嘘になる。それでも僕が男だと言うことはすでに知られていたし隠すことでもないから、もうどうにでもなれという気持ちもあったと思う。
そしてさらに驚いたことに、うつつという少女が手をかざすだけで僕の怪我を治してくれたんだ。何が起きているのか飲み込めなくてこれにはとても驚いたけれど、ガッチャマンとして彼女が何かしらの力を備えているのだろうということはすぐに想像がついた。ホテルに招待したときの彼女はその警戒心を隠しもしなかったというのに、とても嬉しかったよ。
化粧を落としたぼくが女性ものの――特にスカートを履くのもおかしな話だから。そのための着替えを貸してくれたのが清音くんだ。彼はどうやらボーダーの服がお好みらしい。箪笥の中は半分がボーダーの服だったから、きっと間違いはないと思う。
それからぼくたちはいろいろ話した。君とふたりでやってきたGALAXのことや、彼らガッチャマンのこと。甘いものを食べながら、合間にそれぞれの生い立ちなんかの話も交えながら――そしてカッツェのことについて、知る限りの情報を共有し合った。
その夜は、清音くんの部屋が畳だからということで皆で雑魚寝をすることになった。X、君も知っていると思うけどぼくは今までそんな経験がなかったものだから、そもそも雑魚寝というシステムにとても驚いてしまったんだ。
そのせいだけではないけれど、ぼくはなかなか寝付けなかった。自分のすぐそばから聞こえる寝息に慣れなかったのを理由にしたいところだけど、ついカッツェのことを思い出してしまったんだ。目をつぶればあの笑い声が頭の中で響いて、疲れているはずなのに眠れなかった。仕方なく僕は起き出して、キッチンへ水を飲みに行った。するとそこには先客がいた。
ほら、君の情報網に唯一ひっかかったあのパンダのような生物だ。彼はパンダのような外見でぼくらと同じように喋る、正真正銘の宇宙人。ずっとお酒を飲んでいたから、ほとんど話らしい話をできなかった唯一の人だ。
彼は起きだしてきたぼくを見て、何も言わずに部屋に戻ってしまった。でも彼はすぐにその身と同じくらい大きな何かを持って姿を現した。そしてぼくに手渡されたのは、彼の外見そっくりのパンダのぬいぐるみだった。なぜぬいぐるみ?と思わないでもなかったけれど、手渡されたままそのぬいぐるみを抱えて部屋に戻った。元いたところに横になると、隣に寝ていたあの天真爛漫なはじめちゃんが手を握ってくれた。不思議だね、あんなに目が冴えて眠れないと思っていたのに、ぼくはそれからすぐ夢も見ないほどぐっすりと眠ってしまったんだよ。
カッツェから助けてくれたあの炎のガッチャマンにもいつか会えるといいなと思う。彼はめったにマンションに帰ってこないらしいから、直接お礼を言えるのはまだしばらく先になるかもしれないけど。
でもX、聞いてくれるかい。運命共同体とまで言ってくれる仲間ができたことを、本当に心強いことだって心の底から思っている。でも嬉しいことだってわかっているけど、同時にぼくは君がいないことをこんなにも寂しいと思っているんだよ。君という半身を削がれて、ぽっかりと大きな穴が開いたような気さえしている。
だから、ぼくはカッツェから君を取り戻してみせると決めた。必ずだ。確かに君はぼくの作ったプログラムだけど、彼女に――はじめちゃんに言われてはっきりとわかったんだ。言われてようやく再確認したことだから誉められたことでもなんでもないし、もっと早く気付けていれば何かが変わっていた可能性もあるけれど。
ねえX、君はぼくの大事な友達だ。いつだったか君を「人間のようだ」と言ったのを覚えているかい。カッツェが何かデータに細工をしない限り、君がそのデータを消去してしまうことはないだろう。あの言葉はぼくの本心だった。君のことを人間のようだと思ったし、本当に人間だったならと思ったんだ。
X、ぼくの大事なX、もし君が人間だったらどれほど毎日が楽しかったかわからない。でも人間だったら君が今ぼくのそばにいてくれたかどうかはわからない。ぼくはずっと生身の人との対話をずっと避けてきたからね。だからぼくは、君が人間じゃなくてもかまわない。君と一緒にやってきた日々は、ぼくにとって本当に素晴らしい毎日だった。
ぼくは美しい虹を見たよ。カッツェと一緒にいる君はあの虹も、気まぐれな天候によって生まれる現象のひとつとしか捉えられないかもしれない。
でもねX、雨があがる瞬間にぼくが見た、あの光の中で輝く虹は本当に美しかったんだよ。だからぼくはあの虹をぜひ君にも見てほしい。誰だっておいしいものは大切な人と食べたいし、美しいものは大事な人と眺めたいんだ。
あんな景色をまた君と見られるって、ぼくは心から信じてる。だからもうしばらく待っててくれるかい、X。必ず君を取り戻して見せるから。
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