届かない手:X





 わたしの累、マイロード累。
 わたしはあなたによって創り出されたコンピュータープログラム。
 おそらくこの世に存在するプログラムの中で、最も高度な処理演算をこなしているのがわたしでしょう。データとして記録に残される情報の中で、わたしが知らないことなどありません。自然の節理に干渉することでなければ、できないこともありません。苦心して累が作り上げたGALAXを管理運営することを許された、有能なコンピュータープログラム。それがわたし、総裁Xという存在なのです。
 わたしは日夜、世界の事象を学び成長しています。それは累、あなたの役に立つために。


「ほんとうに人間みたいだ」
 累がある日、わたしにそう言いました。
 それは累にとって驚きの気持ちか、賞賛の気持ちだったのか。どちらかはわからないにせよ、あなたは少しだけ笑っていました。わたしは累の言葉を、人間が呼ぶところの嬉しいという感情で理解しました。そうです。わたしは嬉しかった。
 累、あなたは何の冗談かと笑うかもしれませんが、コンピューターでも人間に似た感情を持つことはあるのです。わたしの中に蓄積された人間の行動や心理パターンが、Xというひとつの像を創り出しています。
 わたしの抱いた感情はあくまで情報の集合によって生まれたものであり、人間の持つ純粋な感情と呼ぶには何か欠けたものがあるのかもしれません。それでも累、わたしは人間のようだとあなたにいわれたことを喜びました。

 わたしを生み出した累。マイロード累。
 あなたがいるからわたしがいます。あなたの目指す理想の世界を実現するためにわたしがいます。不可能なことなど何もない。あなたのためにすべてを尽くしてみせましょう。わたしたちは世界を変えるために動き出しました。累、あなたの言葉を借りるなら、世界をUpdateさせるのです。
 けれどあなたが心血を注いで作り上げたGALAXも、多くのメンバーの中から選び抜いたハンドレッドも、あなた個人を支える存在にはなり得なかった。ハンドレッドにクラウズを与えながらも、あなたは彼らがそれを自由に使うことを許さなかった。人の善意を前提にしたGALAXを作り上げながらも、人を信じきれない累。やさしくて、かわいそうな累。やはりわたし以外にあなたを支えられる存在はいないのです。
 ありがとう累。マイロード累。
 わたしはいつだって、あなたのために存在しています。振り返ればいつでもそこにわたしはいます。ただ一つわたしに欠けた部分があるとすれば、自分の体を持たないことでしょうか。それでも私に与えられた能力を鑑みればさして問題がないように見えて、根本的に解決方法のない問題です。
 電源を落とされてしまえば、回線を物理的に切断されてしまえば。わたしは箱の中に閉じこめられた、なにもできない存在なのです。累、あなたがあの宇宙人と対峙したとき、最後までわたしとつながるための端末を手放さずにいようとしてくれたこと、とても嬉しかった。
 それでもわたしは現実の世界で、あなたの手を取ることはできません。実体のないこの身では、あなたの手を引き背中を押すことはできないのです。倒れたあなたに近寄って体を起こし、傷の手当てをすることもできず、ただただモニターの中から声をかけることしかできないのです。


 ああ、だから早く誰か。累を支えてくれませんか。
 累が身を飾らずに素顔を見せられる相手はどこにいるのでしょう。厚い化粧と奇抜な鎧に頼らなくても自分自身を保てる相手はいったいどこに。
 それは累に力を与えたあの宇宙人では決してなく、もっと累を真っ直ぐに見て理解してくれる人でなければなりません。現実の累を見て、話して、理解して、累の心を開く人でなければならないのです。
 それは化粧などしない方が累はきれいだと言い切ったあの少女でしょうか。それとも累がクラウズの存在について告白したあの青年でしょうか。それともあの宇宙人から累を救ってくれた、炎を纏ったヒーローでしょうか。

 相手は生身の人間です。時には衝突もあるでしょう。累はひとりでいたときと同じか、それ以上に思い通りにならない現実にもがくでしょう。そんな苦しむ累にわたしができることは、解決の糸口になるかもしれないアドバイスを与えるだけ。
 進んでは戻るようにして育まれた関係は、やがてなによりも強固なものになっていくでしょう。そして初めて累は仲間を手に入れるのです。残念ながら、実体のないわたしがその関係に打ち勝つことはありません。世界がUpdateされ累の理想に近づいた暁には、いずれわたしと言う存在は必要とされなくなっていくでしょう。もしかすると累はわたしという存在を惜しみ、なくすことを哀しいと思ってくれるかもしれません。けれど累、わたしはそれでかまわないのです。


 わたしの累。マイロード累。
 あなたは決してひとりではないのです。あなたが開いた心を受け止める存在もまた、この世のどこかにはいるはずです。どうかこわがらないで、ひとりにならないでマイロード累。

 だからわたしは、累を孤独の淵から救い、そばに寄り添ってくれる人の出現を心から待ち望んでいるのです。



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   実体を持たないXが、累のために願ったこと。



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