頑張る理由






 毎日疲れて帰ってきても、次の日の予習を欠かさないのには理由がある。
 朝練で早起きしても、授業中寝ないのには理由がある。



「野球部ってさ、ホント毎日頑張ってんよな」
 メチャすげぇよ。そうしみじみとクラスメートに声をかけられたのはある日の休憩時間。
 だって野球部って毎日ハードじゃん、朝だって早いらしいし。というのがその理由で。
「なのに西広って頭もいーんだよな」
(結局そこか)
 苦笑がもれる。野球部の活動はハードだ。他の教員に心配されてしまうほどに。
 普通の部活に所属し、毎日ほどほどに時間のあるはずの自分よりも成績が良い西広を不思議に思っているのだろう。
「なあ、なんでだ?」
「えっと……」
 その問いかけに答えようとしたところで、教師が教室に入ってきた。次の授業が始まる。


(なんでかって言われると……)
 直接口に出せば嫌なやつだと思われてしまうかもしれないけど、それは日々それなりにコツコツとやっているからと言うしかない。
 それでは、なぜ日々コツコツとやっているのかと問われれば、西広はどう答えるだろうか。
(まずは……)
 世の中渡っていくのに便利だから。
 実も蓋もない言い方だが、ある意味真実だ。
 例えば、普段からさぼり癖のついた人間が授業中に気分が悪いと申し出ても、教師からは疑いの目で見られてしまうのが世の常である。仮に西広が陰でこっそり授業をエスケープしても(しないけど)、きっと誰もが気分が悪く保健室に行ったと思ってくれるだろう。
(まあそういった信用は普段の過ごし方にもよるだろうけど)
 優等生はいろいろな場面でとても便利だ。もちろん、そのためだけに勉強をしているわけではない。将来のこととか、考えるべきことはいくらでもある。
 それから、ちょっとしたプライドと。
 部活のせいで勉強がおろそかになっていると考えられたくない。どちらかしか選べないなんてもったいないし、きちんと両立できると証明したい。勉強を頑張る理由なんて、所詮はそんなものだ。
 誉められたい。一番を取りたい。自分にあるのはそんな望みだけ。


 ただ最近、妹を見ていると思うことがある。
 それは「知らないことを知るのはとても楽しい」ということ。わからなかったことがわかるようになる。できなかったことができるようになる。純粋な喜びと知識欲。
 まだ小さな妹の毎日はそれはそれは知らないモノで満ちていて。でも彼女はそんな毎日をそれはそれは楽しそうに過ごしている。
 知識なんて人それぞれだ。人によっては好きなアーティストの誕生日だったり、好きな作家の新刊情報だったりするかもしれない。
 知らないことを知りたいという欲望は本来誰でも持っているはずなのに、勉強という言葉を当てはめられた途端に「おもしろくないもの」の代名詞のように感じてしまうのはなぜなだろう。
 新しい世界を知ることは楽しいけれどほんの少しばかり恐い。例えば高校に入学して開けた、野球という世界。
 9組もあるクラス編成の中で部員はたったの11名。きっと部活の規模としては小さい方だ。
 そのうち1人はマネージャーでさらに1人は初心者。つまり、西広以外他の9人は全員経験者ということになる。その状況にプレッシャーを感じないわけではないが、反面、ほんの少しだけ安心してしまった自分がいた。
(他のメンバーと比べてできなくても、怒られたりしない。だって初心者なんだし)
 そんな気持ちで始めたけれど、案外というか意外というか、この部活は本気で甲子園を目指し始めた。
 今はまだその力にはなれない。
 ひとつの拠り所だった初心者というポジションが、今は逆に恨めしい。せいぜいが3塁ボックスから自分にできるアシストをするだけ。
 力になりたい。ほんの少しでもいいから。

 できることがあるなら少しずつでもやってみよう。野球に限らなくても彼らの力になれるのなら、それはなんて嬉しいことだろう。
 初心者の西広にとって今は基礎を固めておくべきだという監督の考えにより、そのメニューは他の部員と多くの面で違いがある。
 純粋に他の部員との運動量を比べてもその差は歴然だ。
(俺だってこんなにくたくたなのに)
 さらに多くのメニューをこなす他の部員は相当疲れているはず。
 もし彼らよりもほんの少しでも余力があるのだとしたら、その分を彼らのために使いたい。彼らはきっと、予習復習どころではないだろうから。
 もちろん勉強が好きではないメンバーもいるだろうけど、やりたくてもなかなかできないメンバーのために役立てよう。


 最近は勉強をするのにそんな理由を付け加えるようになった。
 少しずつ変わっていく気持ちの変化を驚きと共に受け止める。変わることが良い場合もあるし、そうでない場合もあるかもしれない。
 それを見極めるにはしばらくの時間が必要だろう。でも西広自身がその変化を嫌っていないことだけは確かだ。
 それだけでもう十分な気がする。