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5円玉の喜び
ぽつり。ぽつり。ざぁぁぁぁ。
(あ、降り出した)
朝からぐずぐずと怪しい雰囲気をかもし出していた空がついに耐え切れなくなったように泣き出したのは昼を過ぎた頃。
このところキレイに晴れる日の方が少なかったので、今日だって期待はしていなかった。お天気お姉さんだって今夜は雲が出るといっていたし。それでも監督たちが今日のために準備しているのを知っていたので、彼女らの気持ちを考えると雨が少しうらめしい。
(晴れるまで待つのかな)
たいして楽しみにしていたわけではないが、予定していたことができないとなるとそれが途端にとても価値のあることのように思えてならないから不思議だ。
今日は何の日ネタが好きな現代文の教師が十五夜の説明をしてくれているが、旧暦やら十六夜に果てはウサギの話にまで派生して現代文の域を超えていると思う。
ただ月見団子がもとは里芋だったのには驚いた。
(ススキは稲穂のかわり、か。つまり月見の行事って収穫祭ってことか?)
西浦の周りにはまだ多くの田畑が残っている。収穫祭がまだ行われているかどうかは今度田島にでも聞いてみよう。
ぬかるんだグラウンドでの練習は怪我の原因にもなりかねない。校内にも場所がないという理由で今日はミーティングで終了となった。
監督は練習合間の休憩時間に月見をする予定だったようだが、残念ながらそれもできない。
もともと練習日だし予定のある人間もいなかったのでマネージャー達の団子作りに参加することになった。
「篠岡、コレもういいのか?」
「あ、いいよ。こんな形にしてお湯に落としてくれる?」
「はーい」
「なんか粘土こねてるみたいだよな」
「見て、ぶよぶよ」
「田島ぁ、それでかすぎじゃないか。団子っつうよりまんじゅうだぞそれじゃ」
「え、そーか?」
「浜田さん、コレはどうすりゃいいんすか」
「スプーンで餡をすくって・・・・・」
「すくって」
「こんな形で広げる」
「広げる」
「とりあえずはここまでかな」
「おもしろい形ですよね。普通まん丸じゃないでんすか?」
「餡を中に入れて包むのってけっこうムズいもんなんだよ。上からかぶせるだけなら楽だしな」
「ほら三橋もやってごらんよ」
「う、ん。こ、こんなカンジ?」
「そうそう、うまいよ三橋」
なぜか調理実習になってしまった今日の部活はまるで幼稚園児のままごとのようだった。
高校にもなれば調理実習もあまりないせいか皆楽しそうだ。合宿の食事作りを思い出す。
白玉くらいなら自分たちでもできるが、さすがに餡まで手作りするわけにもいかない。パックに入って売られている餡は甘すぎるということで志賀に手を加えられたそれは甘すぎずちょうど良い塩加減になっていた。
湯通しして浮いてきた白玉の上に餡をかぶせれば出来上がり。
その間に田島が朝持ってきたススキも飾る。月見に適した時間にはまだ程遠いが、多少の雰囲気作りにはなるだろう。
(たまにはまんじゅう系もウマイな)
こっそりつまみ食いした出来立ては格別な味わいだった。
「あーあ、月見れなくって残念。お団子はそりゃおいしいけど」
「ですよね。せっかくの十五夜なのに・・・・・」
「月はまた出ますよ。来年だってありますし」
結局部活中に雲が切れることはなかった。
残念がる監督やマネージャーに声をかける。監督は七夕のときも率先して企画に参加していたから、伝統を大切にするタイプなのかもしれない。
(オレも帰ってまた団子食おう)
さすがに家で出される団子は手作りではないが、あれはあれでおいしい。
何となくソワソワとして落ち着かない気分だがそれはきっと運動量が少ないせい。雨の日はいつもこうだからあきらめもつく。
(今日は走り込みだけしとこう。明日は野球できるさ)
そう思って自分をなぐさめる。
「勇人、お風呂どうぞ」
「あ、うん」
何を考えているわけでもなくぼーっとしていて、声をかけられて驚く。
早く帰れたおかげで明日の予習も終わっているし、平日にはしない掃除もした。家の手伝いもした。やるべきことはやったはずだが、やはり何か落ち着かない。
何か忘れていることがある気がしてモヤモヤと、いつもの雨の日とは少し違う落ち着かなさ。これはきっと運動不足なせいではない。
「?」
(なんでだろ)
考えてはみるものの、特に理由も思いつかない。
「………。風呂入ってさっさと寝るか」
本当はさして眠たいわけではないが、寝れるときには寝ておいた方がいいにきまっている。
それに答えがみつかりそうにない問を考え続けるのは疲れるものだ。きっと明日になれば忘れてしまう程度の問題だろう。
そう自分を納得させて準備をしていると、ベッドの上に放り出したケータイが鳴りだした。
この着信音は部活仲間からのもの。
(明日の部活についてかな)
急な雨が降った場合の連絡などはすべて花井からのメール一斉送信で行われ、だいたいが「明日の部活は」とか「雨が降ったので」という文で始まる。
そう予想していたが今日はいつもと違う珍しいタイプのメールだった。
送信者 花井梓
件名 みんなへ
空見ろ!
(空?)
わざわざ空を見ろという理由は今夜は一つしか思い浮かばない。
(なんて簡潔なメールだよ)
窓に近寄ってカーテンを開ける。帰り際に分厚く立ち込めていた雲はいつの間にか風に流れてしまっていたが、それでも月の姿は見当たらない。
それならばと居間の窓から外を覗くと今度こそぽっかりと浮かんでいる丸い月を発見できた。
(大きいな)
ただどんなに大きく見える月でもそう感じているだけで、実際には5円玉の穴と同じくらいの大きさにしか見えてないらしい。
(でもせめて穴じゃなくて5円玉の大きさくらいにしてほしいよな)
月が見られなくてがっかりした人間は世の中多いかもしれない。少し遅くなったけど頑張って輝いている。
(キレーだなあ)
いつの間にか居間には家族が全員集合していて、月見の宴を仕切り直すこととなった。団子は夕食のデザートに食べてしまっているのでお茶だけをお供にして。
そういえば去年も同じように居間に集まって月見をした。
(月を見て興奮するのはオオカミ男だっけ)
自分はどうやらそれと正反対の気質らしい。なぜだか月を見てほっとしている。
時計を見ると時刻はすでに11時を回っていた。
自分がさっさと風呂に入って寝てしまおうと思っていたように、すでに寝ているやつだって入浴中のやつがいたっておかしくはない。でもきっと、全員が花井のメールにすぐに気づいただろう。そして全員が同じように空を見上げているに違いない。
そんな風に確信している自分に驚く。
なぜこんなに確信が持てるのかもよくわからない。でも全員が月を眺めているだろうこと、何の不思議もなく信じられる。
(オレそんなに月見がしたかったのかな)
どうやら自分で思っていた以上に野球部での月見を楽しみにしていたようで、それができなくて落ち込んでいたのは監督でもマネージャーでもなくこの自分だったらしい。
今夜に限らなくても月のキレイな夜は何度だってあるし、そんなに月見がしたければ1年後を待てばいい。何をそんなにこだわっていたのだろう。
じっと見ていると月でウサギが飛び跳ねているように見えてくる。
(本当に住んでたらおもしろかったのになあ)
1000年も前から変わらない言い伝え。
(もしかして1000年後も同じように月にウサギが住んでるって言ってるのかな)
もうおとぎ話を信じるような子どもではないけど、いつまでたっても変わらない何かがあると信じたい。
昔と今じゃ美人の基準が全くもって違うように、人間は簡単に変化してしまうから。
つながりを求める自分。時としてつながりは簡単に断ち切れてしまうことだってある。それを知っているからこそ1つ1つの思い出を取りこぼさないようにしたいのか。
さっきまでの落ち着かない気持ちを打ち消してくれた一通のメール。
同じ場所ではないけど、同じ時間に、同じ空の下で、同じ月を見上げて。
同じチーム。つながっている。そんな安心感を与えてくれる夜だった。
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