一足お先に!




「花火しようぜ、花火!」
 そういって田島が特大サイズの花火セットを持ってきたのはまだ6月の終わりだ。
(でっかい花火だな)
 まだ早いんじゃないの。とか、ドコでやんだよ。とかいう言葉が聞こえはするものの、そこは遊びたいさかりの高校生だ。
「いいな、モモカンに相談してみようぜ」
「やりた、い・・・・・」
 キラキラと目を輝かせて9組sが賛同する。
「だろ!?」
 俺今年まだやってない!当たり前だろーまだ6月だもん。そんな声に押されて、花火やりたいな。の空気が部室内に流れるが、待ったをかけるように阿部が口を開く。
「何言ってんだ、夏体まで時間ないんだぞ。じきに期末だし、貴重な練習時間を花火なんかでつぶせるかよ」
 その言葉に期末考査が近いことを思い出す。
(確かに試験期間に入れば2週間は部活できない)
 7月に入ればすぐに期末考査週間に突入することを考えると、阿部の言うことももっともだ。
「だから練習終わってすりゃいいじゃん。楽しみがないと俺死ぬ!今度こそ赤点取る!」
『………』
「なー三橋、俺たち絶対赤点だよな!」
(断言しないでくれ田島!)
「う、ん……。取るか、も……」
『………』
「だ、って、範囲広、いし……」
(お前も頷くな三橋!)
 中間の記憶があざやかに思い出されて視線があさっての方向を向いてしまう。
 全員を一瞬で青ざめさせるという偉業をこともなげにやってのけた我らがエースと4番は次はどんな花火が好きかという話題で盛り上がっている。
「やりてーなー花火。俺やっぱ打ち上げがいいな!こうバヒュッと飛んでくの、いーよなー」
「う、ん。お、れも好き・・・・・」
 阿部の反対むなしく、花井がなだめるように口を開いた。
「阿部、折れろ。練習きちんとやればいいんだ。金曜の夜なら平気だろ?土曜は朝早くないし」
 モモカンとシガポに相談してみようぜ。
 あきらめた花井の様子がなんだか哀れで笑えた。


 本来学校は調理室を除いて火気厳禁。禁煙ブームにのって、校内には喫煙スペースさえ準備されていないのが現状だ。  だが志賀の人徳か野球部の普段の頑張りのおかげか、許可は特別に下りた。
 場所は学校の駐車場。残っている教師も少ないから、車に飛び火する心配もない。
 もちろん「片づけをきちんとすること」が条件だ。
 帰宅が遅くなり過ぎることを考慮して練習合間の休憩時間を減らすこと、空腹しのぎのために篠岡が余分におにぎりを作ることなど、突発花火大会のスケジュールはちゃくちゃくと決まっていく。
(皆ウキウキしてるよ)
 百枝も部活を少し早めに切り上げてくれると約束してくれ、チームの士気を高めるにも少しくらいいいかもしれないねと笑った。
 機会警備の関係上あまり遅くまで学校に留まることはできないが、田島の持ってきた花火をやり終える時間くらいはきっとある。
「学校でやるんだし、あまり派手な打ち上げ花火はできないよ。迷惑になるからね。それでもいい?」
 その言葉に田島は残念がったが、やれるだけでもいいという話で落ち着いた。
 いつもの練習の後に少し花火をしておにぎりを食べる。それだけの予定だったが、さらに前日になって父母会からスイカやジュースの差し入れが決定した。
(ほんのお遊びのつもりだったのに、いつの間にか大事だよ)
 田島の花火が、父母会まで巻き込んだ一大イベントになってしまっている。


「んじゃサクサク着替えろよ」
 グラウンドの片付けは済んでいるので、後は着替えて準備をするだけ。
 花火の量が量だけにバケツは1つでは足りないだろう。バケツはいくつ用意しよう。どこから持ってくれば片づけが楽だろうか。
 火種はどうしよう。志賀はタバコを吸わないが、ロウソクくらいは学校にあるだろうか。
 後の楽しみがあると思うと、こんな日は心なしか着替えも早い。
 全員の着替えを待って駐車場まで小走りで駆ける。
 職員用の駐車場はグラウンドの使えない夜に素振りでお世話になる場所の一つだ。決して来ない場所ではないのに今夜はなんだかいつもと違うように見える。
(月がきれいだなあ)
 夏が近づくにつれ、日の沈む時間は少しずつ遅くなってきたが、練習が終了する頃にはさすがに日は落ちてしまっている。こんな時間まで残っている部活は他にない。
 声を抑える必要もあまり考えなくてすむから、学校の周りが畑だらけというのはこんな時にとても便利だ。何人か残っている教師には申し訳ないが、少しくらいうるさくても我慢してもらおう。
「急げよ!」
「早くやろうぜ!」
「は、やく・・・・・」
 待ちきれないらしい9組メンバーが他をせかして袋をあける。
 手持ち花火、ねずみ花火、コマ花火、UFO花火……。
 数え切れないほどの種類の花火が袋から零れ落ちる。さすが田島家。篠岡愛用の麦わら帽子からして、一般家庭とはスケールが違う。
「うわっ、すげえ。めっちゃある」
「コレやろうぜ」
 それぞれ気に入った花火を手に取り、先を争って火をつけるとあっという間に一面煙の海となる。
 多少目は痛いが、天然の虫除けになってくれるだろう。

 ふと見ると志賀の手には花火ではなくデジタルカメラが握られていた。
 練習中にもよくビデオをまわしてフォームのチェックをしているけれど、花火の写真はなんの役にたつんだろうか。
 気になってどんな写真を撮っているのか見せてもらう。
(へえ)
 志賀のデジカメには野球とは違う楽しさを満喫する部員たちの姿が収められていた。皆いい顔をしている。
「なんかいいですね」
「だろう?」
 カメラを向けられると誰でも表情を作ってしまうものだが、志賀の腕がいいのか普段どおりの笑顔が撮れている。
(こーゆー写真のことなんていうんだっけ)
 ありのままを写し出すスナップ写真。
(いかにも楽しんでますって感じで・・・・・)
「栄口、どした?」
 火の消えた花火を持ったまま考え込む自分に不思議そうに巣山が声をかけてくる。
「いや、なんでもない」
 おかしなところを見せた気がして、慌てて次の花火に火をつける。
「お、それもきれーだな」
「だろ?」
 同じ花火を彼にも手渡す。ごくごく一般的な手持ち花火だけど、シンプルでどこか懐かしい。
 栄口家でも昔は毎年花火をしていたけど、もう弟も大きくなったので去年も一昨年もしていない。かろうじて祭の打ち上げ花火を全員で見るくらいだ。
 花火の種類なんて毎年そう変わりはしない。
 家族以外と花火をすることなんてめったにないが、同じような花火でも一緒にやる人間が違うと受ける印象も違うのだろうか。
 ふと見るともう線香花火にうつっているメンバーがいる。
 線香花火は〆じゃないのか?とツッコミたい気はするけれど、その気持ちをグっと抑える。
(順番なんて関係ないか)
「沖、俺も混ぜてよ」
 数本受け取り、輪の仲間入りをする。
 線香花火を持つと始まるものがある。それは誰が一番長く火種を保てるかという競争である。
「あの、明日のおにぎりの具をかけたらどうかな?」
 収集がつかなくなりつつあった駐車場の雰囲気を感じ取ったマネージャーの提案は絶妙で、ねずみ花火や蛇花火に一度に火をつけてたわむれる天然コンビを神妙な顔つきで見ていた苦労性のキャプテンが乗った!とGOサインを出した。
 全員で輪になってせーのの合図で火をつける。
 少しも揺らさず静かに時を待つことのできる人間がこの勝負では勝利を手に入れられる。
 田島のようなタイプには少し酷な勝負かもしれない。
(よし、一番もらった!)


 なんてことはない日常のひとコマ。
 それからしばらくたって引き伸ばされた写真が数学準備室に飾られているのに気づいたが、誰にも言わなかった。
 おそらく篠岡も知っているだろうが、彼女がその話を誰かにした様子はなかった。
 思い出すだけで心のあたたかくなる風景がある。それはあの夜を切り取ったかのような、1枚の幸せな肖像。