星に願いを

〜いつかあそこに〜




 オレンジから薄闇へ、空が少しずつ変わっていくそのほんのひと時がとても好きだと思う。
 そして雨や定期考査などの特別な理由がない限り、夕方のこの時間はだいたい屋根のないところにいる。だからこそ、見上げる空の中に“あるもの”が見えてくるその瞬間を、毎日毎日待っていた気がする。
 かといって練習中にその“あるもの”が出てきた瞬間を目にできることは少なく、練習を終えてふと気づいた頃には、空はすでに暗くなっていることが多かった。
カキィン……
 金属のバットの、しかも中心にあたった証拠の澄んだ音がして、花井は慌てて飛んでいた意識をグラウンドに戻す。
 案の定、ボールが弧を描きながら花井が取るべき絶妙な位置へ飛んでくるところだった。花井の様子を遠くから察した監督が、ノックの先を外野へ変更したらしかった。
 反応が遅れた分やはりボールには手が届かなくて、途端にチームメイトから声がかかる。
「花井ィ、ヨソ見してんなよー!」
「してねーよ!」
「集中しとけー!」
「大丈夫だ!」
 今は練習の真っ最中だから、気を抜いていていい訳はない。たとえ監督がこちらを向いていなくても、ボールはいつ飛んでくるかもわからない。
 練習に再び集中し始めた花井からは、さっきまで気にかかっていた空の様子などきれいさっぱり抜け落ちてしまっていた。



「っありやとやしたー!」
「したっ!」
「お疲れさーん!」
 思い思いの声かけで、今日も練習が終わっていく。そしていつものようにグラウンドの隅で泥を落とし、さっきまでかいていた大量の汗も半ば乾いてきた練習着を脱ぐ。
「腹減ったー」
「さすがに日が落ちんのも早えーな」
「オーイもう部室閉まんぞ、さっさと行こうぜ」
「今行くー」
 部員はそれぞれ荷物を手に持ち、部室の方へと片付けに行く。花井の周囲にはいつの間にか花井の阿部と水谷と、いつもの7組メンバーになっていた。
「そういや花井」
 自分のスポーツバックを肩に掛けながら阿部が振り返った。
「オマエさっき何気にしてた?」
 その阿部に水谷も反応し、花井の疑問を代弁するかのように阿部に聞き返した。
「どしたの阿部、さっきって?」
「ほら、練習の終わりに花井カントクのフライ取れなかったろ?めずらしーこともあるもんだと思ってな」
「あ、実はそれオレもちょっと気になってた。花井何かあったんじゃない?」
「……あのな、オレだっていつも完璧取れてるわけじゃねーだろ?」
 妙な疑いをかけられてはたまらない。花井は焦って言葉を返す。それに全てのボールを完璧にキャッチできていないというのも、もちろんその通りのことだった。
「でもあんとき踏み切りは遅かったよな」
「オレ、そろそろ外野来そうだなって思ってたよ!カントクこっち見てたし」
「………」
 痛いところを突かれて黙り込む。阿部は全体を見渡せる位置にいる分、選手の様子が他の誰よりもよく見える。水谷には同じ外野である分、目に入ってしまったのだろう。
「まーな、ちょっとぼーっとしてただけだ」
 花井はその理由を曖昧にぼかした。たとえそこに明確な理由があったとしても、簡単に人に明かしてよいものとそうでないものとがあるのは、だれにとっても当然のことだった。
「ふ〜ん?」
「それならそれでいーけど。気をつけろよ?」
「おー、大丈夫だ」
 3人で部室へと最後の荷物を運ぶ。その後はもうたわいもない話ばかりしていた。
 秋の空はつるべ落とし。自転車に乗って空を見上げると、もうすっかり夜の様相になっていた。星さえもいくつも瞬いている。
(別に話しても良かったんだけどよ)
 荷物と自転車のバランスを取りながら、阿部にも水谷にも言わなかった理由について言い訳を考える。
(だってホラ、なんかハズカシーじゃん?)
 待っていたのは、一番星が輝き始めるその瞬間だった。
 別に一番星が何の星かなんて気にしたことは一度もない。それが金星だろうと木星だろうと名もない星だったとしても、最初に見えた星が一番星。花井はそう信じてきた。
(一番星見つけられたら、きっといいことあるってちっせー頃は考えてた)
 他の星より一番に輝く星になりたかった。そして無邪気で幼い自分は、きっとなれると信じていた。
 いつかあそこに。いつか一番星に。
 そう願ってここまできた。その気持ちだけは今も変わっていない。
 手を伸ばしても届かないかもしれないなんて予感が脳裏をかすめることも、実はよくある。もう子どもじゃない。目指す先はとても遠くて、何万光年先にあるかもわからない。


 でもこれからもずっと手を伸ばしていけたらと思う。