星に願いを

〜天体観測の行方〜




「みはしみはし、そろそろ行くぞ。今ちょーどいい感じ」
 ミーティング後の自由時間。田島がいつもより少しだけ小さな声で三橋を呼ぶ。
「う、ん!オ、オレい、ずみくん呼んでく、よ!」
 田島は指で小さく丸を作ると部屋を出て行った。彼は篠岡に蚊取り線香を借りに行く手筈になっている。
 三橋が泉を探して部屋の中を見回せば、窓際の彼が心得たというようにコクリと頷いた。
 不自然にならない程度のさりげなさを装って3人で抜け出す。
 別段見つかっても怒られるわけではないのでどうということもないが、あまり人数が多いと蚊取り線香の効き目ゾーンを出てしまうことになる。
「さすがに暗いな」
 学校の回りは畑ばかりで街灯が少ない。さっきまで月がきれいに出ていたが、今は分厚い雲に隠れてしまっている。
 他の学校に漏れず、西浦にも『墓地を埋め立てて学校を作った』なんて七不思議が存在するから困る。
「夜だしなー」
「………」
「あれ、三橋コワイ?」
「だ、だいじょっぶ!」
 三橋がしっかり手に握った懐中電灯が足元を照らしている。
 しっかり足元を見て歩けば何も恐くはない。下手に躓かないように小さな石も見落とさないように下を見て歩く。
「さー着いたぞ」
「だ、誰もイ、イナイ、ね」
 散歩がてらでかけてきた先は先ほどまで練習していたグラウンド。
「やっぱ不気味だな」
 つい数時間前までは活気のあったグラウンドも、電気が消えてしまえばもの寂しい。
 足早に歩を進め、まっすぐ突っ切ってフェンスを抜け、さらに道を横切ってグラウンド脇の畑へと足を踏み入れる。
 お年頃の高校生が就寝時間前にわざわざこんなところまで疲れた体を引きずって来る理由といえば。
「この辺でいいじゃん?」
 それを合図にして田島は手にしていた蚊取り線香を手ごろな石の上に置く。それぞれが手近な場所に腰を下ろした頃を見計らって三橋が懐中電灯を消した。
 一筋の光さえ消してしまえば辺りは雲のせいで真っ暗闇。
「もういいか?せーのでいくぞ?」
「せ、せーのっ」
 ガバッ。
 ドサッ。
 トスッ。
 3人が揃って勢いよく体を後ろに倒せば、目に映るのは満天の星。
「やっぱここまで来るとキレーに見える」
「街灯のあるなしでけっこう違うモンだな」
「………」
 他に内緒でこっそり部屋を抜けてきたのは、それはある意味合宿らしく天体観測。グラウンドも畑もまだヤブ蚊が多く、しかもこの時期の蚊は寒暖の差にも負けないツワモノが残っている。
 どうせ星を見るなら街灯の一つもない場所まで行こうと田島が言い出したのでここまでやってきた。周囲に明るい場所がないせいか、思ったとおり星はキレイに見えた。
 ひとしきりお約束のように「あれはオリオン座だ」とか「大三角形ってドレとドレとドレ?」といった会話が繰り広げられる。
「!な、流れ、星!」
 運良く流れ星を見つけた三橋が思わず叫ぶと、残りの2人も即座に反応する。
「メシメシメシ!」
「カネカネカネ!」
 流れ星が落ちる間に願うことを3回唱えればそれが叶うという。ただ流れ星なんてほんの一瞬のこと。3回唱えるにはあまりに時間がなさ過ぎて、どうしても願い事は短くならざるを得ない。
「……泉ロマンなさすぎ」
「……田島こそ情緒もへったくれもねー願い事だな」
「だってさ、あの星カレーライスみたいじゃね?」
「せめて甲子園、とかいえねーのか……」
 夜食を平らげた後だが、きっともう少しすればお腹が空いてくるだろう。
「………今何時だ?」
 ふと思いついたように確認されるが、誰のポケットをさぐってもケータイは見つからなかった。
「オレケータイ持ってきてネェ」
「オ、オレもっ」
「もしかして3人ともナシ?」
 暗闇に慣れてきた目で顔を見合わせてため息をつく。
「もう、じ、時間、かな」
 消灯時間は11時。それ以降は起きていたくてもいられないといった方が正しいが、さすがにそれまでには部屋に戻っていないと心配されてしまうだろう。
「帰り走ってけばいーじゃん。こんなゆっくりできるのもーないって」
「……それもそーか」
 走って帰るとまた汗をかく。せっかく一風呂浴びてサッパリしたのに。
 起き上がりかけた泉も田島の発言にもう一度体を倒す。
 これからはますます忙しくなる。でも今はとても静かだ。
「あー、今度はハンバーガーに見える……」
 ゆらゆらする意識で星を見上げれば、月並みな表現だけどそれは宝石箱をひっくり返したよう。


「うまそ……」
 ふわふわした気持ちに身を任せればとても気持ちが良くて………。


 ああ、星がウマそうだ。


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「……はし、三橋起きろ、起きろってば!」
 ユサユサと揺さぶられて三橋が目を開けば、そこにあったのは満天の星ではなく呆れたような花井の顔だった。
「………?」
 確か彼は共に来たのではなかったが?
 なぜここにいるんだろう。
 三橋は花井に引っ張り起こされ、田島と泉ものろのろと立ち上がる。
 3人とも眠たげに目をこすり、花井と水谷がそれぞれ懐中電灯と蚊取り線香を手にしている。
「オラ、お前らかえっぞ」
『はぁ〜い』
 花井が先に歩き出し、とぼとぼと残りが続いた。
「オマエラなんでよりにもよって全員ケータイもってねーんだよ」
「誰か持ってると思ったんだよ」
「そうそう。フツー誰か持ってるよな!」
「コソコソ出てくからアヤシーと思ってみれば……」
「何だよ花井、ヤラシーの!」
「ヤラシーヤラシー」
「ヤラシくねェ!ほんとにそうだったら篠岡に行き先言ったりしねーだろ」
「あそっか、線香借りるときに言っといたんだった」
「じゃなきゃあちこち探すトコだったっつの」
 きちょーな睡眠時間を削って……。と続く言葉に、さすがに3人ともしょんぼりうなだれてしまう。
「み、水谷くん、い、今何時?」
「まだ11時少し過ぎたくらいだよ。3人揃って戻ってこねーから探しにきたんだ」
「あ、ありが、と」
「どーいたしまして。星見れた?」
「う、ん!スゴ、かったよっ!」
「いーなぁ」
 水谷が残念そうに見上げる空にはもう月が明々と姿を現していて、さっきに比べて星が少しくすんでしまっている。月を覆っていた分厚い雲は流れてしまったらしい。
 懐中電灯がなくてもかろうじて歩ける程度には明るい。
「ま」
「ま?」
「ま、た…みん……」
 不明瞭な三橋の言葉を拾って水谷が笑う。
「うん、今度皆で見よう。オレも見たいし」
 前を歩いていた泉と田島が後ろを振り返る。
『仕方ネー、今度皆連れてきてやるよ!』
 花井はその言葉を聞いて肩を震わせてうつむく。
「………」
「何々?感動の涙?」
 興味津々で泉が覗き込めば、花井が勢いよく顔を上げた。
「っ、ここまで迎えに来させといてなぁ、恩着せがましく言うな!」


 静かな夜のグラウンドに響く笑い声と怒鳴り声。
 理由はどうであれ、一応合宿所を抜け出したことになる5人。待ち構えていた軽い鉄拳に泣くのはもう少しだけ後。