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一番最初に君が呼ぶから
昨日県立高校の合格発表があった。天気も良く絶好の練習日和だった。
翌日の今日、栄口は少し早めに家を出て学校に向かった。ようやく暖かくなってきた今日この頃。冬の間はずっと基礎トレーニングばかりだった練習も、3月になって練習試合が解禁になったこともあって本格さが戻ってきた。
(あったかくなってきたし、朝練も前ほどは辛くなくなってきた)
吐いた息は白いものの、冬の冷たさに比べればどうってこともない。
誰もいないと思っていたグラウンド脇には、自転車が一台置かれていた。一番乗りだと思っていたので、少々残念な気持ちが残る。
(まだ早いだろ、ったく誰だよ……)
近寄って自転車を見ると、それは阿部の自転車だった。目を凝らしてベンチを探すと、阿部が着替えをしているのが見えた。
「あべー!」
フェンス越しに声をかけると、着替えをしていた阿部がこちらを振り返った。だいたい阿部は来るのが早い方だが、今日はまだ練習が始まる時間までにはまだ40分以上もある。
「早えーな栄口」
「阿部こそ早いじゃん。どうしたんだよ」
「なんとなくだ」
「オレも何となく」
今日ばかりは、早く来たのは練習熱心だからではない。残念ながらその願いは叶わなかったが、グラウンドに一番乗りしたくて早めにやってきたのだ。
(阿部に一番取られたけど……)
フェンスを間に挟んでそのまましばらく沈黙が続いた。
「何してんだ栄口、オマエもさっさと来いよ」
なかなか動こうとしない栄口に不審を覚えたか、阿部が沈黙を破った。
「おお、そうする」
阿部の言葉に妙な懐かしさを覚えて、栄口はフェンスの穴をくぐった。
栄口が阿部に誘われて最初に第2グラウンドに足を運んだのはちょうど一年前のこの日だった。
もちろん高校でも野球部に入るつもりではあった。ただそれまで姉にまかせっきりだった家のことを少しは手伝いたくて、中学ほど熱心に野球をしようとは思っていなかった。
とりあえず野球が出来れば良いと思っていたので、西浦を選んだのも野球部のこととはまったく関係がなかった。
(まさか西浦の野球部が発足したてだったなんて普通思わないって)
高校の野球部は圧倒的に軟式よりも硬式の方が多い。大会結果で西浦高校の名前を聞かないのは弱小であるせいだと栄口が思っても、何ら不思議はないはずだ。
そして栄口は、その程度の野球部で良いと思っていた。
(それなのに阿部のヤロー、春休みからグラウンド整備に誘いやがって……。おまけにこんなに忙しくなるなんて予定外だよ)
しかも引き合わされた女監督はやけにパワフルで、いつの間にかたてられていた予定表を見ると、春休みはものの見事につぶれてしまっていた。
それでも断る気にもならず、なんだかんだで参加してしまった春休み。たった2人しかいなかった部員は入学式の後に10人になり、昨日の合格発表を見て気の早い(去年の阿部と栄口のような)後輩が少しずつグラウンドにもやってくると思われた。
(本当はオレ、高校ではそんなに熱入れてやるつもりなかったのになぁ)
勢いに乗せられて、野球部はいつの間にか西浦でも五本の指に入るほどの大変な部活になってしまっていた。それでもたった2人しかいなかったことを考えれば、一年はやけに大きくも感じられた。
一年前を思い出して感傷的になっているつもりもないし、そんな必要もない。でも合格発表の次の日、この日グラウンドに一番にいるのは自分でありたかった。
(でも阿部なら許す)
最初に栄口を呼んだのは阿部だったから。
一年前のこの日にすべては始まった。同じ方向のくせに待ち合わせはグラウンドで、まだ徒歩と電車でやってきて恐る恐る覗いたフェンス越し。阿部はさっきと同じように言ったのだ。
「何してんだ。さっさと来いよ」
「お、おう……」
一応シニアの大会で顔は知っていたけど話をしたのは受験の日が始めてで、それなのに初対面にほぼ近いなんてことを感じさせない阿部の態度。しかしその阿部の態度は、同じように初めての場所に対しての気後れもまるで感じさせなかったものだ。
「ちょうど一年前ってさ、ここはまだ草もぼーぼーでさ」
「おお、そういや草も大量に生えてたな」
手入れの行き届いた今のグラウンドは、一年前の様子がまるで夢のようだった。
「そろそろ下が入ってきて騒がしくなるかもな」
「ありがてーけどめんどくせー。今でさえそれなりにあんのによ」
「そう言うなって。頼りにしてるぜ副主将」
「オマエだって副主将だろーが」
顔を見合わせて笑う。始まりはたった2人だった。
「一年なんてあっという間だったなー」
「残り二年だって同じだろ、気ィ抜くなよ」
「だいじょーぶだって」
来年のこの日も栄口はきっと誰よりも早くグラウンドに来るだろう。そして阿部と2人でこうしてグラウンドを眺めているに違いなかった。
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