いつか




「ふわあ〜、モモカンかっけーなー」

 モモカンはバイト先から西浦高校までの道のりをバイクでやってくる。部員がHRを終えてグラウンドに着く頃にはモモカンはすでに午後練の準備に入っているので、彼女がそのバイクに乗っている姿を見ることはめったにない。
「モモカン、今日は遅かったんだね」
「バイト長引いたんじゃないか?」
 モモカンのバイトはだいたいが工事現場とか荷運びとか、掃除関係とかの肉体労働だ。そのバイトが長引くことはごくごくまれにある。 そしてバイトが長引いたとき、彼女は駐車場まで行かずグラウンド脇の自転車置き場にバイクを停めている。
 そのおかげでこのバイクが拝めるんだとしたら、毎日バイト長引いてくれてもいいのにと水谷は内心思ってしまう。
 腹に響く低音を響かせたバイクからモモカンが降りるのを待つ。
『ちわっ』
「はい、ちわっ」
 モモカンは急いで来たのか、今日はバイト先の作業着のままだ。練習のときはいつもジャージ姿だから、何となくその姿も新鮮に感じる。
「遅れてゴメン。私も準備するから、着替えたら先にストレッチをお願い」
『ハイ!』


 今日の部室には、HRが他より少し長引いた1組と7組のメンバーだけ。
 急いで着替えなくてはいけないのはわかっているけど、ついつい話題を振ってしまう。
「モモカンって車も持ってたよな」
 GWの合宿の際、道具運搬のために自車を運転していた姿を思い出す。車を運転する女性は今では珍しくもなんともないが、さすがにバイクを華麗に転がす女性はそうはいないと思う。
「いいなぁ、バイク」
 あこがれを込めてそう呟くと、先に普通免許を取った方が便利だと返される。
「そりゃそうだけど、確かに水谷の言う通り、バイクってちょっと憧れるよな」
(おお、巣山はわかってくれてる)
 そう、バイクは男の憧れだ。車に比べて荷物は乗らないし常に危険が付きまとう乗り物ではあるけど、風を切って走る快感は他では感じられないという。
「自転車とは比べ物にならないよな、きっと」
(ああ、ツーリングとかしてみたい)
「なあ、西浦って3年で免許とれるのか?」
「就職組なら取れんじゃね?」
 西浦は世間からは一応進学校に分類されているが、かといって就職組が全くいないわけではない。センター試験を受けて進学する進学組と比べると、就職組は秋を過ぎた頃にはもうだいたい余裕ができている。
「3年の冬休みに通えたら、卒業してすぐにバイクにも乗れるよな」
「水谷、バイク乗りてぇのか?」
「おう!俺就職に決めた!」
 カッコイイもん。そう言うと、あきれかえったような阿部の視線が突き刺さる。
「お前、そんな理由で進路決めていいのかよ」
「きっと担任につっこまれるよ」
「親が泣くぞ」
 さらには部室のあちこちからそんな言葉が返ってきて、ちょっとグッサリくる。
(ちぇ、誰も賛同してくれねえのかよ〜)
 バイクに乗って風を切って走るのはどんな気持ちだろうか。さぞかしいい気分に違いない。
(よし、決めた。俺は就職に決めた)
 小さくガッツポーズを決める。
 まずはお金を貯めよう。さすがに高校を卒業してすぐにバイクを買えるだけのお金はないから、親に借金を申し込もう。どうやって説得すればわかってもらえるだろうか……。
 頭の中で計画を練る。どんなバイクがいいだろう。最初に走るのはどの道にしよう。取らぬ狸のなんとやら。野望だけはどんどん膨らんでいく。
「ちょっと待てよ」
 ふと思い出したように花井が口を開く。
「水谷、お前誕生日いつだ?」
「?」
(なんで今ここで誕生日の話題?)
「1月4日だけど、プレゼントくれんの?」
 くれるんなら。と続けようとするが、次の花井の一言に耳を疑う。
「お前冬休みには車校通えないんじゃないか?」
「ええっ、なんで!?」
「だって誕生日過ぎてねえと通えないだろ、確か」
 慌てて周りを見渡すと、ああそういえば。というような表情が見える。
「だよな?栄口」
 水谷の必死な顔を見て、栄口は気の毒そうな表情を浮かべて説明してくれる。
「確か、免許は18歳になってないと無理なんだよ。だから水谷が車校に通えるのは卒業してからかな。でも進学組も受験終わって4月までに免許取れなくはないから、結局進学組と2週間くらいしか変わんないかもよ」
「じゃあ俺卒業してから通う!」
 しぼみかけた気持ちがまた膨らむ。冬休みに取れなくても、要は免許を取ってバイクに乗れればそれでいいのだ。
「なあんだ。じゃあ進学でも就職でもどっちでもいいや」
 そうあっさり結論付けた水谷を、部員が笑う。
「お前ってホント単純だよな」
「進路はちゃんと考えろよ?うちのクラスでこないだ進路希望の紙配られたんだから」
「げ」
「え、1組ってもう配られたのか?俺らは来週配るって担任言ってたぜ。な、阿部」
「担任によって違うんだろうな。というわけだ、水谷。しっかり考えろよ」
 免許取りたいからとか、そんな理由じゃ誰も何も認めてくれないぞ。
 ありがたい忠告だけど、高校に入学してまだ数ヶ月しかたっていない。進路希望なんて何も思い浮かびはしない。
「う〜ん」
(あ、でもひとつある)
 バイクよりももっと欲しい物。
「卒業した後の進路なんかより、甲子園行きたいよな」
 そうポツリともらせば、部室の空気が一瞬止まる。
(え?俺、変なこと言った!?)
「プ!」
『あっははははははは!』
 誰かが吹き出したのを皮切りに、部室内は笑いの渦に巻き込まれる。
(えええええええ?)
「あっはっはっは。やっぱりお前って最高!」
 何が最高なのかさっぱりわからないけど。
(これは誉められてるんだろうか?)
「花井、声出せよ」
「ええ、俺かぁ?」
 阿部に促されて花井がしぶしぶながらも部室の中央を向く。
「行こうな、甲子園!」
『おおっ!!」