|
歓声が聞こえる
後悔が最初にちらりと頭をかすめたのは、野球部へ顔を出した後に浜田に倣って学ランに袖を通したときだった。
後悔といっても、援団を引き受けた後悔ではない。あまり本気で援団をやる気のなかった自分はなんだか申し訳ないことをしている。野球部に顔を出し、教室で明日の衣装合わせをしていると、そんな風に感じた。そういう後悔だ。
オレはアニキの学ランをもらったもんだから簡単に手に入ったけど、梅原はわざわざ間に一人挟んでその学ランを手に入れた。「形から入る」という言葉もあるけど、形だけは整っても中身が伴っていないのが自分でもわかるから、一生懸命な浜田や野球部に申し訳ないという気持ちが生まれてしまう。
「へへ、なんかちょっとキンチョーしてくるよな」
「ああ、わかる〜。なんかこう、背筋伸びる感じ?」
「それそれ。やべー、もう明日だぜ」
持って行くものの確認をする。浜田は歌詞をコピーするために先に職員室へ行ってしまった。大きな荷物は志賀先生に用具やマネージャーの荷物と一緒に運んでもらえることになっている。
「横断幕だろ、ハチマキだろ、腕章に手袋。他になんかあったか?」
「オメー下駄は?自分で持ってくのか?」
「そのまま履いてったらよくねぇ?」
「下駄でチャリ乗ンのか?あぶねーよ」
「そうだな、下駄もシガポに頼むか。後はスケッチブックと」
「ま、こんなもんだろ」
9組はHR棟の端にあり、職員室までの道のりは意外と長い。そう重たくはないが、腕の中にある荷物のほとんどは浜田の手によるものだ。
「あのヤロー、いつこんだけ準備したんだろうな」
「そんな暇があったらちったぁオレらとつるめっつの」
「だな」
オレらに声を掛けてきたのだって、人数合わせのために決まってる。1年のヤツラじゃなくオレらに声を掛けてきたのは嬉しかった。でも浜田としてはオレらに迷惑は掛けたくなかったんだろう。「型だけ覚えてくれればいい」なんていって、他の準備は全部一人でやりやがった。
楽でいい。でもちょっと友達甲斐がないとも思う。浜田だって生活のためにバイトを欠かすわけにはいかないから、時間的なやりくりも大変だったはずだ。
(せめて明日、寝坊しないようにしねーとな)
「じゃ志賀先生、コイツラお願いしまっす」
「ああ、入り口にまとめといてくれ。二人とも、明日ヨロシク頼むよ」
『はーい』
もう少し浜田を手伝ってやれば良かったとか、もう少し浜田のために応援練習をしてやれば良かった(もちろん応援練習はした。でも声出しは恥ずかしくてできなかった)とか、そんな思いがちらりと脳裏をかすめたが気にしないことにする。今さらもう遅い。
(ま、今日はさっさと寝るか)
----------------------------------------------------------------------------------------
記念すべき第一試合目はあっという間に終わってしまった。終わるまで長かったようで、でもやっぱり短かった。
選手の頑張りと力の入った応援のおかげか、西浦野球部はなんとか公式戦初勝利を手に入れることができた。野球の応援を決して舐めてたワケじゃないけど、後半につれて自分がどんどん本気になっていったのがよくわかった。選手と同じように、応援団も必死だった。おかげで喉が痛いし肩も痛い。明日は筋肉痛に違いない。
「ほら、コレ舐めとけよ」
「おお、サンキュー」
浜田の喉はたった一試合ですっかりつぶれてしまったようだ。無理もない。そんな声の枯れる浜田から手渡されたのはのど飴。
(まったく、気の利くヤツだよ)
浜田ほどじゃないがオレも梅原も声がかすれている。ありがたく頂戴することにした。
この飴は、わざわざ夜のうちに買っておいたんだろうか。それとも朝球場に来る前にコンビにでも寄ってきたのか。
野球部は今から帰って練習らしい。部員を甘やかさない監督の言葉に驚いていないのは当の部員だけ。
(マジか?こんな雨の中で?今日は優勝校に勝ったってのに、ゆっくり休もうって気はねーのかよ)
「野球って……」
心の中で呟いたつもりだったが声に出ていたらしい。梅原が不審な顔を向ける。
「野球がどうかしたか?」
「なんつーか、野球ってすげーんだな」
「だな。オレびっくりした」
「オレも」
スポーツの応援がこんなに盛り上がるなんて知らなかった。高校野球ってスゴイ。
近所でのキャッチボールと授業でやったソフトボール以外の経験もなかったオレには、今日が本格的に野球に触れた初めてだった。
(浜田が野球すげー好きなの、わかるような気がする)
今さら野球部に入って部活を頑張るほどの気力はないけども、こんな風に応援として関わるのもいいかもしれない。
ふと気づくと、隣に志賀が立っていた。
「なぁ梶山、今日どうだった?」
「すごかったっす」
「ダメだよ、そんな言い方じゃ。どうすごかったか言ってごらん?」
「なんてったらいいか……。こーいう応援とか初めてだったんで……」
「初めてだったんで?」
「応援の力ってすごいなと思いました」
野球部の顧問に対して失礼なことをいってしまったかもしれない。
(コレって、オレらの力で勝ったみてーじゃん?違う、そうじゃなくて……)
そんなことが言いたかったんじゃない。選手と一体になる感覚。一緒に試合に参加している気になってしまう。それがスゴイと伝えたかっただけなのに。
一人青ざめるが、気にしていないのかよく聞こえなかったのか、シガポは鷹揚に笑っている。
「うん、応援の力は偉大だよね。見ててくれる、応援されてることに部員が気づけば、それはもっと大きな力を引き出す」
「はあ、そういうもんっすか」
「そーいうものだよ。応援団だって試合に参加しているんだ。マネージャーと同様に、欠かせない存在なんだよ」
「あ、ありがとうございます」
なぜだかとても照れる。でもできれば、こういうことは浜田に言ってやって欲しい。今日の自分と梅原は、どちらかというと添え物に過ぎない。
「今までにない経験ができただろう?」
「そりゃもう」
「何も主役になるだけがすべてじゃない。主役が好きな人間は多くいるけど、好んで縁の下の力持ちをやるなんて経験は、そうはできないよ。頑張りなさい」
「は、はい!」
志賀は部員の所へ戻り、帰りの支度を始めた。浜田は保護者と話している。
(志賀ってあんなキャラだったか?)
去年は別の部活の副顧問か何かをしていたはずだ。9組の数学担当ではなかったので良くは知らないが、こんなに熱いキャラだとは知らなかった。イメージとしてはもっと落ち着いたキャラだった気がする。
(それも野球効果なんかな)
「なぁ梅、次の試合っていつ?」
「一週間後だとさ」
(一週間後か……)
「でも平日だからオレらは来れるかわかんねぇって」
「え、マジ?」
「浜田が言ってた」
(そっか)
「オレ型の練習してみようかな。もちっとマジメに」
「何、どうしたんだよ急に」
どうしたのかと聞かれても、今のこの気分をどう表現していいかわからない。
「ま、野球が思ってたよりオモロかったんだよ。それをもうちょっと長く味わうのも悪くないなと思っただけ」
「へ〜」
梅原はニヤニヤと笑っている。微妙に居心地が悪くなる笑顔だ。
「な、なんだよ」
「別にィ」
「言えって!」
「梶山さ、野球好きになったんだろ?つか、野球部が?」
「バッ、何言って……」
うんと肯定するのは気恥ずかしい。でも違うとも言い切れなかった。
「でもさ、梅もそうなんだろ?」
「………」
今度は梅原が黙る番だ。ささやかな意趣返しは効いたらしい。
もしかしたら今は昨年の優勝校に勝利した余韻に浸って気分がハイになっているだけかもしれない。でもそれに乗っかってしまうのも悪くない。
「なぁ浜田、この後付き合えよ!」
「なになに、お祝いでもするか?」
いそいそと寄ってきた浜田の額を梅原が小突く。
「いてっ」
「バーカ、野球部が練習してんのに、オレらだけ遊んでるわけにゃいかねーだろ。オレらも練習すんだ練習」
それを聞いた浜田はとても驚いた顔をして、でもすぐに嬉しそうに笑った。
「じゃ、オレらもガッコー帰るか!」
「あ、その前にコンビニでメシ買ってこーぜ」
「さんせー」
次には、もっとカッコイイ型を披露してやる。
(そんでもって、もっと声も出す!)
|