かさかさ落ち葉の楽曲




「た、田島君。今日は……」
 部活後の帰り道。どこに行くのかと尋ねれば、傍らを走る田島は得意げな表情をする。
「今日は取っておき!」
「と、とって、おき?」
 皆と別れて自転車を漕ぎ、連れられてやってきたのは小さな公園のそばだった。
 待つように言い残し、田島は一本の木に登っていく。
「じゃ落とすぞ三橋、ちゃんと避けてろよー。当たると痛いかんな!」
 木の上で手を振る田島に合わせて少し場所をずらす。田島が木を揺らすと丸い何かがいくつも落ちてきた。
 地面に転がったそれに思わず手を伸ばす。
「あーダメダメ三橋。危ないから触んなよ!」
 木の上から声が降ってきて見上げると、田島が難しい顔をしていた。
「阿部が怒るからダメ!」
(ダメって……)
 改めてそれをよく見ると、トゲトゲしているのがわかった。危ないとはトゲが刺さった場合のことだろう。そんなに尖っているのだろうかとおそるおそる手を出してみる。
 もちろん左手で、だ。
「………!」
(ホントだ、痛い………)
 指先にチクリとした痛みを感じる。
(もしかして……)
「く、栗??」
(この辺に栗の木なんてあったんだ?)
「そう、今日は栗拾い!」
 そもそも栗とはこんな身近にあるものなのか、という思いが頭をよぎる。スーパーには皮まで剥いてすぐに調理できるタイプの栗が売られているが、硬い殻のついた栗の実を見たのなんて幼稚園くらいの頃のことだ。
(でもこれ、どうやって中身取り出すんだろう?)
 はじけて中身が見えてはいるものの、これほどにトゲがたくさんでは栗を取り出すこともできやしない。
 早く早く、とばかりにのぞく栗は大きく立派だ。
「三橋、足だよあーし!」
「あ、し?」
 木から飛び降りた田島が足で毬栗を踏みつけてみせる。
「!」
 栗の実をつぶす気なのかとも思ったが、田島は器用に毬栗を足で開いていく。
「ホラな!」
 両足で踏みつけた毬栗の間から顔をのぞかせた栗を手に取る。大きく育った栗は他の実が育つのを許さず、一つの毬栗の中で食べられそうな栗は一つだけ。
「へ〜」
「三橋もやってみろって」
「う、うんっ」
 パーカーのポケットはたちまちいっぱいになった。
「た、大量……」
「今年は栗の出来がいいんだってさ。大粒だろ?」
 ポケットから一粒取り出してみると、確かにスーパーで売っている栗の倍はありそうな感じがした。
 聞けば田島は毎年ここで栗を拾うらしい。
「あんまりここで拾う人いないみたいでさ、毎年拾いたい放題なんだけどミハシは特別な!明日栗ご飯してもらえよ!」
 ポケットにいっぱいの栗で作ったたっぷりの栗ご飯。
「た、田島君の分、は?」
 田島が自分のポケットに栗を入いれた様子はない。
(オレ、独り占めしちゃダメだよね)
「あーオレこないだも取ったからいーよ。今日昼に持ってっただろ?」
 昼に田島が持ってきてくれた栗をデザートとして食べた。あれはどうやらこの木の栗だったようだ。
 お弁当のふたを開けたときのことを想像して腹がなる。いいにおいがするはずだ。
「お、腹すいたね……」
「このままじゃ食えねーもんな……」
 どれほど大量にあっても、栗は生のままでは食べられない。
「……今日はもー帰るか」
 栗とすきっ腹を抱えてとぼとぼと歩き出す。
 止めておいた自転車にまたがろうとして、田島が目を輝かせた。
「ミハシ、これこれ!」
「??」
 何かが掌に乗せられる。小さな木の実のようだ。
「ド、ドングリ?」
「まっさかぁ、よく見ろよ。ドングリよりはちっせーだろ?」
(うん、確かにドングリよりも小さい)
 乗せられた木の実はドングリよりは一回り小さく、色も茶色というよりは黒に近い。
「コレは?」
「椎の実。コレは生でも食える」
 田島が歯で殻を割ってみせる。すると中から白い実が飛び出した。
「ほんとは炒ってから食うんだけど、まぁ今はしかたねーな。ほらミハシも食え」
(た、食べていいのかな……)
 拾い食いはしてはいけませんと、幼い頃大人は言っていなかっただろうか。殻を割って実を取り出すのだからそこまで汚くはないのかもしれないが、それでも木の実を食べるなんて現代人のすることだろうか。
「別に腹なんかこわさねーって」
 田島が勢いよく食べる姿を見ていると、この木の実は安全で大丈夫なものだという気がしてくる。
 おそるおそる一粒口に含んで噛んでみると、予想していたよりも甘い味がした。
「………」
「な、フツーに食えるだろ?」
「う、うん」
(ホントだ、フツーに食べられる)
 こういうのを噛めば噛むほど味が出るというのかもしれない。
「あ、甘いん、だね」
 いくつでも食べられそうな気がして続けて4つ5つと口に放り込む。
「………」
「………」
「あーあ……」
 お互い顔を見合わせて苦笑する。
 口を動かしている間はあまり気づかないが、椎の実には惜しむべき残念な点がひとつあるのだ。
「もっと腹減ったな……」
「そー、だね……」
 椎の実は小さすぎて、たとえいくつ食べたとしても腹の足しにはならなかった。何しろドングリよりも小さい実なのだから。
「しゃーない、帰ってメシ食おーぜ!」
 今度こそ自転車にまたがって家を目指す。
「おばさん、栗の処理が大変だったら塩で茹でてもらえよ」
「し、塩?」
「おう、塩!」
 田島の「明日の昼に持って来いよー」という声を聞きながら手を振って別れ、自転車を漕ぎながら考える。
(早く栗ご飯食べたいな!)
 ポケットにつまったたくさんの栗が今日のお土産だ。たくさんあるから、田島の言うとおりまずは塩茹でにしてもらおう。
 同じ木から取れた栗だとしても、きっと今日食べたものよりおいしいはずだ。なぜってそれは自分の手で採ったものだから。
(田島君は何でも知ってるんだ)
 帰宅後の夕食と明日の昼を想像して心が躍る。
(椎の実のこと話したい!)
 明日の昼にはもしかして「また栗?」なんて反応があるかもしれない。
(でも旬っていうよね?)
 そう、旬のものは旬に食べるのが一番おいしいはずだ。椎の実だって同じだろう。


 ふきのとうが目を出したら、春がもうすぐやってくるということ。
 夏になったらモクモクの入道雲が出て、冬になったらスーパーにミカンが並ぶ。
 ほんの小さなことかもしれないが、秋の気配ももうそこかしこにある。