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君の隣はあたたかい
3 組 : s i d e 西 広
(沖、どうかしたかな)
実習や移動教室が続いた日の4時間目、オレは2列前斜めに座った沖の様子がおかしいのに気づいた。
授業が始まってすぐにまず筆箱の中身を確かめ、次いで机の周囲を見渡し、机脇に置いたスポーツバックの中をあさり始めた。
そう、まるで何か探しものをしているように。
しばらく大きな鞄をゴソゴソとしていたが、もう一度筆箱の中身(ついでにポケットも)を検めて沖の探し物は終わった。
その後は困ったように首をうなだれ、手にしたシャーペンをしばらく見つめてため息をひとつつき、またノートに集中し始めた。
(……もしかして)
そんな沖の様子に心当たりがひとつあったが、とりあえず何もせずにしばらく見ていることにした。
「ここはテスト出るからなー、絶対メモしとけよ」
先生の声に答えてノートを取る音が大きくなる。そんな中、沖が修正ペンを使い始めた。
重要な部分はもちろん色チョークだから、生徒たちもそれぞれ思い思いの色ペンを使う。修正ペンを使うことはなんらおかしいことではない。
「よし、教科書のこの3行分を写しとけよ」
眠さをこらえて3行分を書き写す。
その途中で、ふと沖の後姿が動いたのを目の端で捉えた。
教科書はあくまで参考に。そういう授業のやり方だったから、教科書を写す今この瞬間に色ペンを使う必要はないはずだった。
沖はまた修正ペンで何かを消している。
(そんなに色ペン使う授業じゃないけど)
この先生は定番の白チョークに加えて赤・黄のチョークしか使わない。重要ポイントだけを色チョークで書き分けるので、本当に大切な部分がよくわかっていい。むしろ色ペンの使用頻度はかなり低いといえる。
そのはずなのに、沖がこうも頻繁に修正ペンを取り出す理由とは。
(やっぱり沖、消しゴム忘れたな?)
筆箱の中身を探すといえば、やはり筆箱に入っているものである。机の周囲を見渡すといえば、授業中によく落とすものに違いない。それが鞄の中にも入ってはいなかった。
沖がシャーペンを見つめていたのは、シャーペンの先についている消しゴムを使うかどうか迷っていたからだろう。
沖のことだ、まだ一度も使っていないシャーペンについた消しゴムを使うのがためらわれたに違いない。
(さてと)
筆箱からカッターを取り出してルーズリーフを半分の大きさに切り、そこに一言だけ書き加えて丸めた。
先生にわからないように隣の席の生徒を呼ぶ。
「これ沖まで回してよ」
「オッケー」
生徒数人の手を隔てて手元に渡った包みを開いた沖が後ろを振り向いた。
“ありがとう”
そう口パクしたのがわかった。
“どういたしまして”
おなじようにこちらも口パクで返す。
半分の大きさになって手元に残った消しゴムは、よくある形のプラスチック消しゴムではなくて、少し長めの棒状消しゴムだ。
(どっかの工場見学でもらったんだったっけ)
長くて使いにくい面もあったが、これで少しは使いやすくなる。それが誰かの役に立つならなおさら良いことだ。
(いいことしたな、良かった!)
3 組 : s i d e 沖
オレはとても困っていた。
1時間目は理科総合で実験実習。2時間目は美術Tでデザイン。3時間目は体育館でバレーボール。
座学の授業がなかったから気づかなかったんだ。
(ああー、消しゴムがない……)
筆箱の中にもカバンの中にも、ポケットの中にもない。もしや落としたのかと思って机の周りを見てみても、あの見慣れたMONO消しゴムの影はどこにもなかった。
(絶対家だ)
珍しく家で宿題を済ませようと思ったのがいけなかったのか。昨日部屋の机で使ったことを思い出す。
(どうしよう、ってどうしようもないけど……)
消しゴムがないのはとても不便だ。
昼休みに売店で買えばいいとしても、少なくともこの時間はなんとか自力で凌がなければならない。隣の人間に借りれば良いとしても、頻繁に借りるのも申し訳ない。
(あ、また間違えた!)
間違えてはいけないと思えば思うほど気持ちは焦るようで、何でもないような文字を間違えてしまう。
いっそのことシャーペンの後ろに付いている小さな消しゴムを使ってしまおうかとも思うが、この消しゴムは今までずっと使わずに残してきたのだ。できればこんなことで使いたくはない。
間違えた部分を残してそのまま板書を進める。とすると、今度は色ペンで書いた文字を間違えてしまった。
(もう、まただ)
ペンを置いて代わりに修正ペンを手に取る。
(そうか、修正ペンがあるじゃん!)
修正ペンは必ずしも色ペンに使わなければいけないという理由はない。シャーペンに使ったとしても何の問題もないはずだ。
(オレって天才かも)
消しゴムの代わりに修正ペンを使うことは名案に思えたが、実際には意外とやりにくい点があった。出すぎてしまった修正液がダマになって固まると、その上にシャーペンで文字を書くのは非常に難しかったのだ。
(ああもう、うまくいかないもんだよなぁ)
それでも間違いを訂正できないまま過ごすよりはずっと良い。
そう思ってノートを取っていると、後ろの席から包みが回ってきた。
「沖に渡してくれってさ」
「誰から?」
「さあ」
包みを開いてみると、中から出てきたのは半分に切れた棒状の消しゴムが一つ。包み紙にされていたルーズリーフに書かれていたのは『どうぞ』と一言だけで、他には名前も何もなかった。
驚いて後ろを振り返ってみるとちょうど西広と目が合う。
きっと西広に違いない。消しゴムを忘れて慌てていた姿を見られていたのかと思うと少し照れくさい。
“ありがとう”
口パクで伝えると、西広もわかってくれたようだ。
“どういたしまして”
西広がそういったのがわかった。
下を向いて西広がくれた消しゴムで間違いを消す。やはり修正ペンなんかよりもずっと使いやすい。
さあ、この借りはどうやって返そうか?
(西広は缶コーヒーが好きだから……)
昼休みに売店で何か買ってくることにしよう。何も知らない振りをして机の上に置いたら驚いてくれるだろうか。
それでお礼に替えよう。きっとそれでわかってくれるはずだから。
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