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君の隣はあたたかい(9組)
「あーあー、何でオマエラ揃って消しゴムないんだよ」
2時間目の体育の後、次の生物の時間にどうやら抜き打ちで小テストが行われるらしいと、隣のクラスから情報が回ってきた。組ごとに問題が変わるなんて事はないから、どの組も持ちつ持たれつ、情報は共有し合うのが常だった。
「さすがにテスト中貸し借りしあってたらマズイよな」
「消しゴムに答え書いてまわしてるって思われても仕方ねーかもよ」
田島と三橋は普段教科書に加えて筆箱すら学校に置きっぱなしだから、本来消しゴムを忘れることはあり得ないことだった。ところが珍しく野球部が3人とも筆箱を持ち帰り、挙句の果てに揃って消しゴムを忘れるということが、たまたま起こってしまった。
そして何より困ったことに、それが小テストの日と重なってしまったのだ。今日筆箱に消しゴムを持っていたのは浜田のみだった。
(4人に対して消しゴム一個ってのはどうなんだ)
「あー、どうすっかな。お前らそれぞれ誰かに借りたら?」
「誰もンな余分持ってねーだろよ」
「やーでもカンニング疑惑はマズイって」
野球部も運動部である以上、不正に絡むのは良くないと皆肝に銘じている。
「あれだよなー、“理科の授業でカンニングすんな”だろ?」
「せっ、生物も、理科と、いっ一緒だも、んねっ」
「なー。余計にマズイよな、生物は」
(……理科の授業でカンニングすんなって?)
「……一体全体、何のハナシ?」
田島の言葉もわからないが、2人だけで分かり合っている三橋の言葉も意味がわからない。
カンニングがいけないのは別に理科の授業だけに限ったことではない。他のクラスから小テストの範囲が回ってくること自体が誉められたことではなくても、先生だってそれくらいは目をつぶってくれている。
いったい何のことかと首を傾げてみれば、すっかりその辺を心得た泉が訂正を入れた。
「ちげーよ。“李下で冠を正さず”だ。こないだ古典でやったばっかじゃねーか」
「そうだったか?“理科で冠をタダさず?”」
「意味わかるか?」
「“ず”は否定だろ?それくらいオレと三橋だって覚えてるし。さっきのが違うんなら、“理科の授業中にかぶる冠はタダじゃねーぞ”とかだろ?」
さすがの田島もいささか心もとないのか、不安げに答える。
どうやら口をすっぱくしていた先生の努力もむなしく、先日の授業は田島の頭には残らなかったらしい。
(先生も気の毒だよな〜)
思わず吹き出すと、田島がじとりと恨みがましい目で見つめられた。
「ハマダは意味わかってんのかよー」
「そりゃ一応。先生が何度も念押してたぞ」
「えー?三橋覚えてる?」
「り、理科の授業で、は、カンニング、すんな?」
「ほーらな、やっぱりそういう意味じゃん!」
田島が安心したように三橋と肩を叩きあって笑った。
「じゃあもうそれでいーよ。どうもリカが違ってる気ィすっけどな」
テスト前に田島と三橋が陥る苦境を思いやり、また他の部員が2人の勉強を手伝うことを考え、浜田はそのどちらにも同情を覚えた。
(オレ、今回はちょっと避難しとこ……)
壁の時計は始業開始まで残り3分を告げていた。もう隣のクラスまで消しゴムを探しに出かけている余裕はない。
「消しゴムは結局どうすんだ?」
「やべ、忘れてた」
「まぁ間違えなきゃいーんだけどな」
「ま、まちがえ、ても、ぬ、塗りつぶす、とかっ」
頼もしい三橋の言葉だが、採点する教師の苦笑いが目に浮かぶような気がした。
「よっぽどの時はオレが貸してやるから、合図しろよ」
「そうか、ハマダは持ってんだよなー」
田島は勝手に人の筆箱から消しゴムを取り出した。
「よし、オレひらめいた」
「何を?」
「まぁ見てろって」
泉の筆箱をガサガサと漁り始めた田島は、目当てのものを見つけて3人の前にかざした。
「オイオイ田島、まさかと思うけど、それでオレの消しゴムを切ろうってんじゃねーよな?」
(まさか、な)
手に持ったカッターを鉛筆回しの要領でクルクル回すと、田島は刃を出した。そして止める間もなく消しゴムを四分割し始める。
「嘘だろ……」
「だいじょーぶだってハマダ!元がでっかい消しゴムだったから、4つにしても充分な大きさだぞ!ほら!」
「ほらって……」
唖然として手にしたそれは、確かに消すには不自由しない大きさだったが、四分割されただけあって元の大きさとは比べようもなかった。
「ほら!じゃねーよ。フツーオレに断りなくするか?」
「サンキュー田島、スゲー助かる」
「泉?礼は田島じゃなくオレに言うべきだと思いますが……」
「ハ、ハマちゃん……」
平然とした田島と泉に比べて、三橋だけが唯一人の顔色を伺っておろおろとしていた。
「“大は小を兼ねる”ってホントだな!」
「浜田のデカイ消しゴムがこんなところで役に立つとはな、たまには人の役に立てて良かったじゃん」
「ああ、まぁ、そーだな……」
口を開けば乾いた笑い。三橋はまだおろおろとしていた。
「もーいいよ、三橋も気にすんな。間違えたら存分に使ってくれ」
「は、ハマちゃん、あ、ありがとっ」
三橋が礼を言ったところでチャイムが鳴った。教室に入ってきた生物担当の教員の手には、テストらしいプリントが見て取れた。
「あー、チェックしてねぇ!」
4人とも消しゴムのことで頭がいっぱいで、隣のクラスから回ってきていたテスト範囲に目を通すのを忘れていた。
(へっ、田島も泉もざまーみろだ。オレの消しゴムを切るからバチが当たったんだよ!)
「浜田のせいだぞ、さっさと消しゴム切らねーから!」
「ええ、オレかよ!?」
「うるさいぞ野球部、さっさと席につけよー」
「ホラ、浜田のせいで怒られたしー」
(オレだって納得いかねー!)
埋め合わせとして、昼休みにジュースの1本でも奢ってもらわなければ割に合わない。
固く心に誓った浜田だった。
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