いまここにあること




 西浦の夏は五回戦で終わったが、野球部は試合が終わった瞬間から次へ向けて早速練習を開始した。
(なんだ、誰も落ち込んでねーのかよ)
 用具を持って笑いながらきびきび動く部員たちに対して、練習に参加するためにグラウンドを訪れた浜田には暗い雰囲気など微塵も感じられなかった。
(全然元気じゃん……)
 部員たちの明るい様子になぜか少しだけ釈然としない冷めたものを感じて浜田はグラウンドに入る。田島達と軽口を叩きながら歩みを進めると、気のつく主将が声をかけてきた。
「応援、ホントにありがとうございました!」
「やーもー」
“オレらもお前らのセーシュンにビンジョーさしてもらってて、ありがとっつーの?”
“援団も体力作り兼ねて練習協力すっから、がんばろーな!”
 直球勝負な花井の物言いに照れて咄嗟に口を出た言葉は、決して嘘ではない。むしろ咄嗟に出た言葉だからこそ、浜田の心からの気持ちだった。
(大丈夫、西浦はまだまだ元気だ)
 夏大が終わっても野球部が前を向いている(変わらない)のがとても嬉しい。
(嬉しいハズなのに)
 野球部がどんどん先を目指して進んで行くのが嫌だ。そんなに先に進んでしまっては、今と変わってしまう。矛盾した気持ちを抱えて浜田は戸惑う。
「ちーっす」
「おつかれさーん」
 きっかり14時に合わせて来た浜田よりも数分送れて、梶山と梅原もグラウンドに姿を見せた。二人ともいつ用意したのか、それぞれ自分のスポーツバッグを持っていた。
 西浦は私服校だから、鞄もそれぞれの生徒が好きなものを持っている。スポーツバッグなんて、運動部に所属する人間しか持っていない。事実、浜田はそれまで梶山と梅原がスポーツバッグを持っているとも知らなかった。
(見たことねーカバン持ってんな)
「オイ何だハマダ」
 目の前でハタハタと手を振られ、バッグに気を取られていたことに気づいて浜田は我に返った。怪訝そうに二人が見ていた。
「いつ買ったんだ?」
 肩からかけたバッグを指差す。
「コレな、やっぱデカイといいな。何でも入る」
「あると便利だしよ、安売りしてたから買ってみた」
(買ってみたって……。ンな簡単に……)
 いくら安売りしていたとはいえスポーツバックなんて別に安いものでもないし、運動をしない人間に必要な鞄だとは思えない。
「……オレは好きでやってるトコあるけど、カジとウメもよく協力してくれんのは何でだ?」
 西浦にとって夏の大会が終わりを告げても世間はまだ夏真っ盛りで、グラウンドは立っているだけで汗が吹き出してくるほどに暑い。そんな中で気力を奮い立たせて練習に精を出す野球部もすごいと思うが、好んでそれに参加する自分たちはある意味もっと酔狂な存在だと思った。
「ハァ?オメーがヤキュー部の練習に付き合えっつったんだろ、張本人が何言ってやがる」
「そーだけど、でも本気で嫌なら参加しねーだろ?」
「たりめーだ」
「じゃあなんで」
「……オメーに言っていーかどうかは判断に迷うな」
「?」
「オレのこの引き締まったハラを見ろ。やっぱ男のカラダは鍛えてナンボだぜ」
 梅原はTシャツをめくって腹を叩いて見せた。
「腕の筋肉もついたし、今のオレは前よりタンクトップの似合う男だと思わねェ?」
 今度は梶山が筋肉こぶを作って見せる。
「ポイント高いだろ?」
「何のポイント?」
『モテポイント』
「な、ンだソレ……」
 あっけに取られて聞き返してみれば、梶山と梅原が少し慌てて口を開いた。
「野球部応援する気ももちろんあっけどよ、でもやっぱオレらは健全な男子高校生であってだな……」
「女子にモテてーってのもはずせねーだろ」
 梶山と梅原が、たまにはいいだろ?と聞いてくる。
「オレらの理由付けはソコだ。野球部に勝って欲しくて頑張るオレらと、人数すくねー野球部を手伝うオレら。カッコよくね?」
「どっちの気持ちもあんだよ!オトコのサガってやつだ。しかたねー」
 梶山が拳を振り上げて力説すれば、梅原も腕を組んで頷く。
「ハマダだってどっちもわかるだろ?なんつってもオマエもオトコだ」
「……ああ、そだな。オレにもどっちもあると思う……」
「ほーらみろ。どんな人間でもな、欲望は2コあるんだと思うぜ。そんでだな、日々今日はどっちが強いんだ?って悩みながら生きてるにちげーねんだ!」
「な、なるほ、ど……な……?」
(ここは納得しとくべきなのか?)
「どっちも、なぁ……」
 どんなに楽しい時間も、あるときは予想の範疇で、またあるときは予想もできないほど理不尽に、終わりは必ずやって来る。浜田はこの歳にしてすでにそのことを知っていた。
(学校に来ればダチがいて……)
 放課後には正式の所属じゃなくても部活の練習に参加して、試合のたびに応援団としてつるむツレがいて、たとえそれが個人的な理由であっても長期の休みも認めてくれるバイト先があって、浜田にとって今はなかなかに楽しい時間だった。
(今がずっと続くことなんかねーんだ)
「……いつだってそーだ」
「何がだ?オンナか?」
「ちげーって!もーいーって、オレらもさっさと行くぞ」
「あ、オレこのカッコでいい。それ用のジャージ着てきた」
「あっそ」
 ベンチへ荷物を置き、軽くアップをしてから野球部へ近づいていくと、いつも通り元気な声に出迎えられる。
『あざっす!』
 基本的に集団というものは部外者をとても嫌う。仲間意識の強い方が集団としてはまとまりやすいからだ。
 そこへいくとこの野球部は、部外者の存在を厭っていなかった。
(オレが合宿に参加しても全っ然嫌そーな顔シネーし、他のヤツに頼むにしてもスゲやりやすい)
 野球もできて、野球ばかりしていた頃は知らなかった応援団という居場所もあって、毎日そこそこ充実していて楽しい。
(でも、それだってあと1年も続かねぇ)
 一年たったら梶山と梅原は卒業してしまう。松田と深見もいない。
(なんでオレそこまで考えがいくんだ)
 頭を振って嫌な想像を振り払う。今が良ければいいと思い込みたくても、今が楽しいから、結局はそれが消えた瞬間のことをいつも考えている。
(今は集中しろ、集中集中!)
 終わりを願っているのではない。本当は一瞬でも長くここにいたい。
(……だからオレは、そのためにできることは全部やる)
 矛盾した気持ちを抱えながらでも、やるべきことは何も変わらない。
「今日もいっちょ頑張るか!」
「すんげーあちィけどな」
「そんなオレらを見てる女子がいるだろ。どっかには」
「どっかにはな。そう思ってやるのはやる気の上でも悪くねーぜ」
 練習後のアイスを楽しみにして、それぞれグラウンドに散らばっていく。



 誰でもきっと、それぞれ複雑な思いを抱えて生活している。
(でもやるこたかわんネェ。オレはココが居心地いーんだ)
 どんな気持ちを抱えていても、それでかまわない。
「ハマダー、ボール行くぞー!」
「おお、バッチ来いよー!」
 見上げた空は今日も青かった。