この気持ちをどう伝えよう




「あべー、国語総合貸して!」
 SHRを終えて早々にやってきたのは9組にいるはずの田島だった。威勢の良い声に、まだ眠たさを必死でこらえる生徒たちからはうるさいぞコイツ、といった視線が投げかけられる。
「なんだ田島、忘れもんか?阿部ならさっきトイレ行ったぞ」
「じゃ、帰ってくるまで待ってる。まだ時間あるし」
「貸してやろーか?」
 阿部が席を立ったのはついさっきだ。待たせるのはかわいそうだとせっかく申し出てやったのに、田島はあっさりと断った。
「サンキュ。でも待ってっからヘーキ」
(?阿部のじゃなきゃいけねー理由でもあるのか?)
 同じクラスだから授業の進度は一緒だし、予習の内容にそう違いがあるとも思えない。
「阿部って楽なんだ。なんとなくだけど」
 ナイスタイミングの発言は、まるで心を読まれたかのようだ。
(オレ、そんな顔に出てたか?つか、阿部は楽でオレは楽じゃねーってことか?)
 説明されても田島の考えはイマイチわからない。もちろん今に始まったことじゃないから深くは気にしない。
 そのときちょうどドアから阿部が姿を見せた。
「お、お待ちかねの阿部だぞ」
「あべー、国語総合貸して!」
「国語総合?オレら2限目だから、1限終わったらちゃんと返しに来いよ」
「ダイジョーブ。1限目終わったら持ってくる。で、2限目は現代社会貸して?」
「は?2限目もかよ。現社は置きっぱだから別にいーけど」
「でさ、3限目は生物な、生物。もう予約しとくから、誰にも貸すなよ?」
「………」
「田島、お前今日何忘れたんだ?」
 さすがに絶句した阿部の代わりに質問してやる。
「全部!ってか忘れたわけじゃねーって。曜日間違えただけ」
「お前全科目学校に置いてんじゃなかったか?」
「先週の試験んとき持って帰ったんだよ!俺だってベンキョーしたし」
(あー、なるほど)
 図書館に集まっての勉強会の後にちゃんと家でも勉強したらしい。赤点を取った時点で試合出場資格を失うと監督に脅されたことを田島も忘れてはいないようで何よりだ。
「それなら仕方ねーけど」
 阿部は頷くと自分のロッカーに向かうが、思い出したようにこちらを振り返った。
「いいか田島。ぜってー教科書の写真に落書きすんなよ!」
「え、ダメ?」
「ダメだ。ヒゲなんか書いたら次から貸さねぇ」
「じゃー花井に借りよっかな……」
(バカか!)
「なぁ田島。なんでオレなら貸してくれると思うわけ?」
「だって花井だし……」
「オレだって落書きされるとわかってたら貸さねぇよ!」
「わーったよ。落書きしねぇから阿部、貸して?」
「OK」
 田島はしぶしぶだったが阿部から国語総合を借りて帰っていく。そして予告通り、田島は休憩時間のたびに7組に姿を見せることになった。





「あべー、最後はエーゴ貸して、エーゴ。あ、数学ありがとな」
「おー」
 田島は7組にやってくるたびに菓子を持ってきていた。阿部への礼のつもりかもしれないが、持ってきた半分は田島自身の胃袋に消えている。
(持ってくる意味があんのかよ)
 その様子を見ている水谷や篠岡も同じように考えているだろうが、阿部からその菓子をもらって一緒に食べている身としてははっきりと口にするのははばかられる。
 チョコレートやキャラメル、クッキーその他もろもろを惜しげもなくばらまいているが、これだけの菓子を持ってきているという事実にもまた驚く。
(やっぱ田島はわかんねー)
 後1時間で1日が終わる。菓子を携えてやってきたのは田島だけではなかった。
「お、三橋。今回は三橋も一緒なんだな」
「う、うん。ちょ、ちょっと……」
「よぉ三橋」
「ああ、ああべくん」
 挙動不審な三橋は7組でも健在だった。阿部からの視線を受けただけでビビるのは、何か後ろめたいことがあるからに違いない。
(阿部ももーちょっと愛想良くしてやればいいのに。でも何しに来たんだ?)
 休憩時間は休憩時間だ。わざわざ7組まで遠征にくる時間があるなら、普通は寝ているものだ。田島は理由があるにしても、三橋がわざわざやってくる理由があるんだろうか。
「三橋、どーかし……」
(いってー!! )
 足と腹に熱い衝撃を受けて言葉が途切れた。椅子に座ったまま足を蹴ったのは阿部。腹にパンチを食らわせたのは田島。
 食事直後じゃなくてよかった。昼休みにたらふく食べた後だったら逆流していたかもしれなかった。
 冗談じゃなくて、マジで足と腹が痛い。
「何すっ……」
 が、阿部と田島の冷えた目つきはもっとグサグサきた。
(なんだ、オレなんかしたか?いや、してねぇよ!)
「三橋」
「な、なに。田島くん」
「自分で言えよ」
 田島が指差した先には先ほどの英語で疲れたのか、菓子にも寄ってこずに机でぐったりしている水谷の姿があった。
「う、ん!」
 意を決したように三橋は恐る恐る、でも確かな足取りで水谷の所へ歩み寄っていく。
「みっ、みっ、みずた、にくん!」
 声をかけられて顔をあげた水谷は、目の前の三橋に驚いた。
「な、ななんだ三橋、どど、どーしたの?」
 普段でもあまり見ない必死の形相をした三橋に、水谷はすっかり逃げ腰になっている。
 もっと普通に返事しろ!と水谷にいってやりたい。
(三橋がビビんじゃねぇか)
「エ、エイ、ゴの……」
「え、英語の?」
「ジ、ジ、ショ貸して!」
 英語の辞書貸して。
 なんてことはない三橋のお願いに、強張っていた水谷の肩から力が抜けたのがわかった。三橋のあまりの必死さに、なにを言われるのかと思っていたんだろう。
 一方、水谷以外にも肩の力を抜いたヤツらがいた。さっき足を蹴ってきた阿部と腹に一発くらわせてきた田島の二人だ。
「いいよー。英和でいい?」
「う、ん!英和、だよ!」
「はい。どうぞ、コレ」
「あ、りがと!」
「いーえー」
 目的を達成した三橋は満面の笑みでこちらを振り返る。
「た、田島くん!オ、レ当番だから、先にもどって、るね」
「おー、オレもコレ食ったらすぐに戻るよ」
 田島は阿部の机の上にあったポッキーを次々と口に放り込んでいく。
 おそるべきスピードでなくなっていく菓子を見るのは爽快だが、まだむこうずねとみぞおちは痛い。
「なぁ、息呑んで三橋見守ってやるくらいなら、代わりに水谷に声かけてやれば?そうすりゃ三橋だってもっと楽に借りれたんじゃねーの」
(あんなに頑張ってんの、見てるこっちが複雑な気分になっちまう)
「だって、オレが水谷に頼んだら三橋のためになんねーじゃんか」
「それにしたって『自分で言えよ』なんて、もっと言い方があるだろ」
 率直に感想を述べると、田島はやや複雑そうな顔をした。
「だってオレ、泉みてーにさりげなくできねーもん。花井ならもっとうまくやれたかもしんねーのに、自分から三橋に声かけちまうから慌てて止めたんだぜ」
(そのためのパンチか)
 それにしたってずいぶん威力のあるパンチだったが、頷いて田島に同意を示す阿部を見る限りどうやら阿部にも三橋が7組にやってきた理由はわかっていたようだ。
「で、阿部がオレの足を蹴ったのも同じ理由か?」
「さすが主将。よくわかったな」
「すげー痛かったんだけど」
「ワリ」
(ぜんっぜん悪いなんて思ってねー!)
 気を遣ってこちらからあれこれ三橋に声をかけ過ぎるのも問題だ。とまぁ、田島の言わんとしているのはそういうことだろう。
「……。田島ってさぁ、三橋のことちゃんと見てやってんだな」
「だってさ、オレ末っ子だもんよー。三橋いるとオトートできたみてー。阿部だってオトートいっからわかんじゃねーの?」
「まぁな」
「弟ってそんなもんか?」
「ま、そんなもんだな」
「ふーん、そんなもんか」
 双子の妹を思い浮かべるが、妹と弟はまた違うものかもしれない。
 ズキズキと痛む腹と足と引き換えにしてわかったのは、阿部と田島がよく似ているということだった。