この指止まった、目を回せ!




「つ、疲れた………」
「死ぬ〜」
 筋力トレーニングに疲れた後半組がフラフラとフェンスに倒れこむ。
「もーちょっとだ。頑張ろーぜ」
「おー……」
 大きく息を吸って呼吸を整えていると、何とも懐かしい掛け声が響いた。
「だーるまさんがこーろんだ」
(は………?)
 ぐったりとしたまま声の方向に目をやれば、何を思ったか前半組(前半組は後半組の間休んでいたから、ずっと休憩時間が続いているようなものだ)が“だるまさんころんだ”を始めたところだった。
「ナニやってんだ……」
(げ、元気いーなー)
「なんであんな元気なんだ……」
 まだ苦しい息の下で見やれば、張り切って鬼役を買って出たらしい田島に加えて、三橋・巣山・阿部・泉が参加している。
「ったく、ガキかあいつらは」
 げっそりとした表情で花井が呟くが、夏のように突然服を脱ぎだすよりはマシかもしれない。
「でも楽しそうだよ」
「そう思うなら水谷、オマエ行ってきていいぞ」
「あー、ちょっとムリ。もうちょっと休みたい……」
 せっかくの提案だが水谷も謹んで辞退する。次の練習を乗り切るためにも、15分は貴重な時間だ。
(ちょっと元気良すぎ。何でそんなに元気なんだよ)
 元気に遊ぶ姿に少しトゲトゲしたものを感じてしまうのは、きっと自分が疲れているからだろう。
「だーるまーさんが転んーだ!」
 田島は強かった。節をつけて叫ぶからか、他の4人もタイミングをずらされて大変そうだ。
(さすが自分から鬼になっただけのことはある)
 まず巣山が早々に捕まり、続いて三橋も捕まった。なんとか泉が鬼と巣山の手を切って逃げ出したが、田島は跳躍力にも優れていたようで、普通なら3歩ルールで届かないはずの一番遠くにいた阿部が次の鬼に決まった。
「だるまさんが転んだとか言いたくねェんだけど」
 高校生にもなって、とさすがに照れがあるのか阿部が渋る。
(何でそんなに楽しそうなの)
「じゃあオレもっかいやってやる!」
 引き続いて田島が鬼となったが、いくらもたたないうちに今度は三橋と阿部が捕まってしまった。それでも再び泉が田島に接近している。
 捕虜解放が叶うかどうかの一瞬の張り詰めた空気。
(違うよな、皆疲れてるのは同じハズだよ)
 それでもこの部活では疲れたイライラの空気をあまり見ない。人間疲れたらイライラするものだ。中学でもそれは普通のことだったし、ある程度それは仕方のないことだと思ってた。
(何でそんなに楽しそうなの)
「あー、三橋!トンボ止まってる!」
 泉の「切ったー!」で逃げ出そうとしかけた三橋の動きが止まる。
 この時期グラウンドには時折フェンスを越えてトンボがやってくる。ただ、せっかく飛んできても広いグラウンドに宿るものない。それを確かめてだいたいのトンボはまたゆっくり畑へ戻っていく。
 一匹のトンボが休憩にピッタリな宿木でも見つけたか、三橋の帽子に止まったまま動く気配はない。
「ト、トンボ?」
 そっと帽子を脱ごうとした三橋だが、田島と泉の声に再び動きを止める。
「ああ、ダメだ三橋動くと逃げる!」
「三橋、オマエ動くなよ!」
「う、んっ」
 田島が三橋の頭に向かってグルグルと人差し指を回す。そっとトンボに近づいていくが、トンボはあっという間に逃げてしまった。
残念そうな声に続いてブーイングが起こる。
「たじまー、もっと上手くやれよ」
「逃げただろー」
「ムズいんだよ、トンボってのはすぐ逃げんだから」
「でも歌であるじゃん、♪とんぼ とんぼ このゆびとまれ とんぼ とんぼ 目をまわせ〜♪だろ?」
「そうそう、指につられて目ェ回すんだよ。オレも聞いたことあるし」
「じゃあオマエラやってみろよ、マジでムズいから!」
「よぉーし、誰がトンボ捕まえられるか競争な!」
 ついさっきまでは“だるまさんころんだ”で盛り上がっていたくせに、あっという間、今度はトンボ捕獲大作戦が始まる。
 体力を回復させた後半組の数人も5人に混じって脇の畑に入り込む。
「沖も来ねー?」
 フェンス越しに見ていたのに気づかれたか、名を呼ばれる。
「オレもうちょっと体力回復中ー」
 野菜に混じって黄金色の穂が揺れている。くさっぱらの上を飛ぶのはアキアカネだかオニヤンマだかよくわからないけど、そんなに大きくはないトンボばかりだ。
「ちくしょー、また逃げられた!」
「オレもダメだー」
「グルグルしたって全然ダメじゃんよ!」
「あーもーオマエラ黙れ!騒いだら逃げっだろ!」
「そーゆー花井こそ声デケーよ!」
(あー、全然ダメだ。全部逃げちゃってるよ)
「そろそろ次いくよー!」
 休憩時間の終わりを告げる監督の声がする。
 残り時間を目いっぱい使っても、誰もトンボを捕まえることはできなかった。
 あまり休憩にならなかった休憩時間を終えて監督の待つベンチ前まで走る。
「………しまった、オレ意外と疲れた」
「遊びすぎたぜ………」
 走る道々こぼす姿に思わず笑ってしまったら、後ろから走ってきた田島に
「沖も疲れろ!」と散々くすぐられてしまった。



 練習は絶対に楽しんで。練習以外もいつだって本気で精一杯に考えて。
 それが夏を目指すために決められたこの部活の不文律。
 余計なことに気を取られているような時間はない。そう、いつだって本気で精一杯に楽しまなければいけないのだから。


 高校生がトンボを追いかけて騒ぐ姿なんてそうそう見られるもんじゃない。
(“だるまさんころんだ”が始まったときには相当驚いたけど)
 たまにはこんな風に古い遊びも、自然に混じっても楽しいじゃないか。
 西浦という土地柄もあるだろうけど、このメンバーはそんな光景が全然不思議じゃなくて。
(そんな西浦が、とてもいいと思うんだ)

(そんな西浦だから、そこにいたいと思うんだ)