幸と不幸は表裏




たいしたことはありませんが、鼻血の描写があります。
平気な方だけ↓へどうぞ。




































 ちょうど三連休と学校祭の代休が続いたおかげでうまい具合に四連休ができた。秋大までのわずかな合間をぬって合宿を一つ。
 夏大の間にわかった各自の課題を片付けるための合宿。試合形式の実践的な練習はほとんどなく、お互いの苦手部分を補うトレーニングとチームワークを高める内容が主だった。
 上手くできるようになったこともあれば合宿前とそう変わらなかったこともあるけど、それでも三泊四日の合宿はちゃくちゃくと終わっていく。


 三橋と出会い頭の事故を起こしてしまったのは合宿最終日の大掃除のときのこと。
 部屋を出ようとして、タオルとシーツを抱えて走ってきた三橋とゴツン。当たり所が悪かったのか、不覚にも鼻血を出してしまっただけのこと。
 鼻血が止まるまでの間は掃除もしなくていいとの命令を受け、監督とマネージャーが寝起きに使っていた小さな部屋でぽつんと時が過ぎるのを待つ。
 掃除機をかける音、換気のために窓を開ける音、洗い物の水が流れる音、ふとんをたたく音。
 他の部員が掃除をしている音を聞きながらぼんやりとしているのは何とも退屈だ。
 扉一枚隔てただけのこの部屋は妙に静かで、時間の流れ方が違う気さえしてくる。
(ヒマだなー。何にもすることがないや)
 鼻血を出してからすでに10分は余裕で過ぎている。何度か鼻の穴につめているティッシュをはずしてはみるが、次から次へと一向に止まる気配はなかった。
 手元にあるのがポケットティッシュだけなのが何とも心もとない。
「ツイてない……」
 ぽつりと呟いてみても誰も答えてくれはしない。
 本当なら自分も皆と一緒にわいわいと騒ぎながら、合宿最後の行事ともいえる大掃除をしているはずなのに。
 何だってこんな小さな部屋に一人でこもってなきゃいけないのか。
 たかが鼻血されど鼻血。大げさに言えば、気分はまるで奈落のそこへ真っ逆さま。
(………。こないだ出たのも左だったっけ)
 よくよく考えてみると、実は最近鼻血がよく出る。今回のようにぶつかって鼻血が出るのには納得できるが、何をしているわけでもなくぼんやりテレビを観ているだけで鼻血が出てきたのには驚いた。そういえば洗顔中に出血したこともあった。部活の最中に出てこないのが不幸中の幸いだ。
(貧血になったら困る。よな)
 ありがたいことに貧血の兆候はまだないものの、母親が最近鼻血の多い息子を心配してレバーを買ってくるようになった。レバー嫌いの姉が毎日食卓に並ぶレバーに閉口していた。
「おきー、平気か?」
 ガラリと引き戸が開いてひょっこりと西広がのぞく。
「災難だったね」
「まあね」
「ティッシュそれじゃ足りないだろ。持ってきてやったぞ」
 西広の後ろに見えるは巣山。台所に置いてあった箱のティッシュペーパーを差し出してくれる。
「助かる」
「じゃな、オレたちまだ皿洗いの途中なんだよ」
 どうやら作業の途中で顔を見せてくれたらしい。声だけかけて渡すものだけ渡して去っていく2人に慌てて声をかける。
「あ、2人とも、ありがと!」
「いーえー」
「どういたしましてー」
 遠ざかっていく2人の声。


「え、沖まだ止まんねーの。長くね?」
 2人が立ち去ってすぐに扉の向こうで聞こえるのは田島の声。
 確か田島は大部屋の掃除機担当だから、一緒にいるのはおそらく栄口。
「うん。まだ出てるよ」
 栄口が答えるより早く口を開く。
(もうそろそろ15分たつか)
「三橋は何ともなかったのか?」
 一緒に栄口に連れられてきた三橋の顔には申し訳ないという気持ちが前面に出ている。
「だ、いじょうぶ、だよ。オレ、石頭で、沖くん、ごめん、ね」
「もういいよ三橋。さっきも謝ったじゃん」
 顔面蒼白で謝る三橋に、鼻血なんか出してオレこそごめんという気にすらなってくる。
「心配しなくていいよ三橋。すぐに止まるし」
 頭を高くして圧迫していればすぐに止まる。実は鼻血は寝かすと良くないと知ったのはこれ以上レバーが出てくるのに耐えられない姉が調べてくれたから。
「もう10分たって止まんなきゃシガポかモモカン呼んだ方がいいな」
 鼻血が出始めてもう15分たつと知った栄口が心配そうに言ってくれる。
「あー、そうかも。しかもオレ最近鼻血よく出るんだ」
「そ、うなの?なん、で?」
「なんでかなー。だから多分三橋のせいじゃないよ」
「いつも左?」
「いつも左」
「それってもしかしたら癖になってんのかもな。合宿終わったら耳鼻科行ったほーがいいよ」
「え、鼻血ってクセになんの?」
「なるかもじゃん?」
「う〜ん、耳鼻科かぁ」
 鼻血は困りものだが、それで病院にかかるのはずいぶん大げさだと思ってしまう。
「とりあえず何分か待って止まんなかったら呼んでよ。すぐそこで掃除機かけてるから」
「うん、ありがと」
 とりあえずまだ止まる気配はなさそうだ。


 ゴンゴン。
「沖、入るぜ」
 乱暴にも思えるノックとともに入ってきたのは泉。
「ホイ」
「泉ぃ、何だよコレ」
 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。なぜって泉の手にあるのはトイレットペーパーだったから。
「トイレットペーパーの方が気兼ねなく使えていいって。ホラよ。ついでにゴミ箱も」
(そういや泉はトイレ掃除だっけ)
 巣山にもらったティッシュが一箱と泉がくれたトイレットペーパーが一巻き。
(オレどんだけ鼻血出すって思われてんの?)
 15分出続けていることを考えるとあながちその判断にも誤りがあるとは考えがたい。


「沖、寝てなくていいのか?」
「あ、寝てると飲んで気持ち悪くなるんだよ」
 果ては外で落ち葉を掃いていたはずの水谷と花井まで姿を現した。
「三橋とぶつかったんだっけ」
「今日暑いけどのぼせたんじゃないの?仰がなくてヘーキ?」
 パタパタと水谷が手で仰いでくれる。そう風はこないが気持ちは嬉しい。
「平気。ありがとう」
 それから約5分。最後に阿部と篠岡が冷やした濡れタオルを持ってきてくれた頃になって、ようやく鼻血は止まってくれた。
 部員たちが入れ替わり立ち替わりやってきて、なんだかくすぐったい。
(なんか、心配されるっていいもんだなぁ)
 その内容が鼻血ってところが残念だし、しかも最近左ばかりよく出るのが不安ではあるけれど。
 でも、さっきまでの落ち込んだ気分はどこに行ってしまったんだろう。



 帰りのバスの中。親に当てたメールを一通。
 みんなからもいろいろ心配されてしまったし、このまま続けば本当に貧血に陥りかねない。何より部活中に出てこられると面倒だ。
 しかもシガポによると、同じ穴から続けて出る場合は血管が皮膚より上に浮き出ている可能性が高いという。ひどくなればあくびをした程度の衝撃でも出血することもありうるらしいと聞いて恐ろしくなったのは否定できない。
(近所の耳鼻科に予約入れとこう)
『耳鼻科の電話番号教えて』