名&迷コンビ!?




 花井がちらりと壁の時計を見上げ、続いて教科書とノートを見比べる。
 いい加減集中力も尽きてきた2人が、まだかまだかと終わりの合図を待っている。
「うし、今日の英語はこんくらいかな」
 待ちに待った講師からのありがたいお言葉に天然コンビがほっと息を吐いた。
「はぁ、勉強勉強。試験なんてだいっきらいだ。なー三橋」
 田島がシャーペンをくるくると回しながら机に突っ伏す。
「むずか、しいよね」
 三橋の顔も疲れてはいるが、その顔に浮かぶのはもはやあきらめの色の方が濃い。
 伸びをすると固まった体が心地よくほぐされていく。
「休憩は15分だぞ。次は西広と阿部に数学みてもらうんだからな」
 ガバッ。本当にそんな音が聞こえてきそうな勢いで田島が起き上がる。
「ええー、まだやんの!?」
 ガバッなんて言葉を考えたの誰だろう、今の田島の動作にはものすごくピッタリだ。日本人ってすごいなー。
 そんなことをつらつらと考えていると、今回の現代文の範囲に擬態語・擬音語があったのを思い出す。
(後で2人にもチェックさせとかなきゃ。多分違いを聞かれるだろうな)
「当たり前だ。今日はまだ日本史と英語しかやってねぇだろ」
「2科目もやればじゅーぶんじゃん!」
「だーめ」
「じゃあせめて休憩もっとほしい」
「それは2人に聞いてみな。オレはあっちに混ざるから」
 そういって花井は隣の机に席を移し、かわりに阿部がこちらにやってくる。
「あべー」
「ダメ」
 花井と田島の会話が聞こえていたのだろうか。肝心なことは何一つ告げていないのに、さすが阿部の地獄耳。
「まだ何も言ってないし」
「言わなくてもわかる」
「頼むよ、もう5分でいいからさ!」
「却下」
 多分阿部はOKを出さないだろうと思っていたら、本当に出さなかった。
「今の阿部みたいな態度を『取り付く島もない』っていうんだよ、2人とも」
「うぅ、わ、かった」
 覚えとくといいよ、なんて教えてやれば、三橋はかろうじてこちらの言うことに反応した。とりあえず意識はあるらしい。
「にしひろー」
 阿部では埒が明かないと思ったのか、田島はその標的を変えてきた。
「いや、その……」
(ああ、そんな雨に濡れた子犬みたいな目で見るなよ田島)
 すがりつくような目をされると実は弱い。
 ついつい、じゃあもう5分だけだよ。なんて甘い顔をしてしまうのだから。今までに何度かこの調子でうやむやに時が流れてしまったことがあったのも事実だ。
「やめろ田島。西広が困ってんだろ」
 危ういところで阿部が助け舟を出してくれる。
(助かった)
 それならばと田島は加勢を求めるように隣の三橋を見上げるが、三橋は最初からあきらめていて当てにはならない。半分意識が違う世界に飛んでいるらしくうつろな目をしている。
 勉強漬けの生活ももう一週間になる。こんんな様子を見るとさすがにかわいそうな気もしてくるが。
(ダメダメ、ここで甘やかしても2人のためにならないし)
 心を鬼にして2人には勉強を頑張ってもらわなければならない。
 結局田島も阿部にだだをこねても無駄だとわかったらしい。しょんぼりと大人しくなった。
「じゃあ始めるか。今日は三角関数な」
 その言葉に三橋がビクっと意識を取り戻す。もしかするとおとといみっちりと表や公式を叩き込まれたのを思い出したのかもしれない。 顔が青ざめているように思えるのは気のせいだろうか。
(お、帰ってきた)
「またサインとかコサインすんの?おととい頑張ったじゃん!」
「だから今日は主にタンジェント」
「対して変わんないよ。同じ三角関数だろー?」
「オ、レ、もうや、だ……」
 三橋まで控えめに抗議してきて阿部の顔も曇る。さすがに2人揃って反対されると教えにくい。
「タンジェントもやっとかないと点にならないって」
「いーやーだー。三角関数が実際いつ役にたつんだよー」
「そう、だよ。やってもイミない、かも……」
「実際役にたたないことはやりたくないよなー」
「ほーう、それを聞くのか」
 じろりと阿部ににらまれて2人がヒクっとする。
 本当は田島も三橋もちゃんとわかってはいるのだ。
 まだ学生である以上試験を受けて点を取らなければならないこと。現実に役に立つか立たないかで学校の勉強が義務付けられているのではないこと。赤点を取った時点で補修は決定だから、野球をする時間が削られてしまうこと。わかってはいるけどいわずにはいられないこのフラストレーションをどうしてくれよう。
 その気持ちを察するからこそ阿部もそこまで頭ごなしに強くは言わないのだろう。
「ああ聞きたいね!」
「いいだろ、西広が説明してくれるってさ」
「えぇっ」
(ここでオレに振るのかよ、阿部のやつ)
 急に話を振られて驚くのは誰だって一緒だ。
(ええと、タンジェントが実際いつ役に立つかだって?そんなの)
 知るか!
 でもここで答えられなければ田島と三橋の数学への不信感の芽はもっと大きく育ってしまう。野球に対する尊敬の念を少しだけでも勉強に向けさせられたらとは思っていたのだ。
(いい機会かも)
「そうだな。タンジェントを使えば……br> 「使えば?」
「高さが測れるんだよ」
「た、かさ?それ、だけ?」
「タンジェントをバカにしちゃいけないよ。例えば花井の身長だってカンタンに出るし」
 そういって花井を指差す。指差すな!なんて花井の抗議にはとりあえずゴメンと手をあげて。
 立ってくれとジェスチャーすれば花井は嫌だと首を振る。
「そんなん保健室行けばいいし」
「ま、きじゃく、なんかでもはかれ、るよ!」
 じゃあ聞くけど、とわざとらしく一呼吸入れてもったいぶってみる。
「この世に長いものさしがなくなったら2人はどうする?」
「いやいや、そんな世界ありえないし」
「そうかな?ありえないことはないと思うんだけど」
 田島と三橋には気づかれないよう、さりげなくちらりと阿部を見る。
 すると今度は阿部がふぅ、と息を吐いた。
「あのなぁ田島。世の中何が起こるかなんてわからないだろ?今は考えられなくても、法律変わることだってあるんだよ。いつかそんな世の中になったらどうすんだ。長いものさしを作るなっていう法律が未来永劫できないなんてお前らに断言できるか?手元にあるのは角度を測る分度器と短いものさしだけ。それで花井の背をはかんなくちゃいけないんだぞ。そんな状況で三橋、お前はどうやって花井の身長を測るんだよ」
「ええ、ど、どうやって?ム、リ?」
 急に話を振られて三橋が驚く。
「田島はどうだ?花井の正確な身長がわかるか?」
 畳み掛けるような阿部の言葉に田島の勢いがそがれていく。
「そりゃ困るけど……。どうしよ。それってオレの身長だってわかんなくなるってことじゃん?」
「そうだよ、困るだろ?でも安心しろよ。長いものさしがなくちゃ身長も測れないなんてそんなことはないんだ。タンジェントさえ知ってればお前らにだって花井の身長わかるんだからな」
『ホントに!?』
「なぁ西広、そうだよな」
「ホントだよ」
「ううん。なるほど」
「そんな時代がやってきたときのためにタンジェントの使い方をちゃんとやっとかないと困ると思うだろ?」
「お、もう」
「それだけじゃないよ。例えば学校の高さだって、バックネットの高さだってちゃんと測れるんだから。いくら長いものさしがあったって難しいだろ?」
「そうか、そうだよな」
「タンジェントがこの世に必要な理由がわかったか?」
「うん、わかったよ阿部」
「オ、レもわか、った。タンジェントって、スゴイんだ、ね」
 いつの間にか田島はもちろん、三橋までもがタンジェントに感動している。
(さすが阿部、うまい)
 こっそり机の下で阿部と親指を立てる。
 適当な話題を選ぶのは自分の役目。正しいのか正しくないかもよくわからないが、言葉を並べて語ってしまえば相手はその勢いに押されて勝手に納得してくれる。阿部はその辺りの話術がとても巧みだ。
(とりあえず2人はやる気になってくれたみたいだし、万事オッケーかな)
これは阿部と2人だからこそできた技だ。
「よろしい。じゃあ実際に問題をやってみよう。ここから花井までの距離が3メートルで、角度が45度だったとすると?」
「う〜ん」
「え、と……」
「タンジェント45度の値は覚えただろ?公式に当てはめてみろよ」
 オレを使うな、いつまで立ってりゃいいんだ!なんて花井の声が聞こえてくるが阿部は気にしない。
「ほら、花井頼むよ。もうちょっとだけ立ってて」
「西広まで……」


 今日もこうして試験週間の放課後は過ぎていく。さぁ9組の天然コンビは無事に赤点を回避できるだろうか?