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ラーメン論争
友人らに誘われて、珍しく家ではなく店で飲んだ。
そのまま次の店へ雪崩れても良かったが、明日の授業は1コマ目から始まる。厳しい教授の授業に万が一でも遅れることがあってはならない。
次の店へ場所を移すメンバーと別れ、店を出る。
その飲み会の料理が鍋だったなら、最後を雑炊で締めくくるのはよくある話。
飲み会の終わりをラーメンで締めくくるのも、またよくある話。
「なあ旦那、ラーメン食って帰ろうぜ」
「おお、それも良いな。どこかに美味い店があれば良いが」
「よし、決ーまり」
頭の中で家までのルートをざっと考える。
間にある店が一軒しかないならば、店選びには何の問題もない。しかし残念なことにこの辺りにラーメン屋は多く、おまけにラーメンの種類も豊富にある。
ルートは慎重に選ばなくてはならない。
先手必勝だ。
「ほら、早速ラーメン屋発見。あそこにしようよ」
駅へ向けて歩き出してすぐ、佐助が指差したのは信号を渡った先にあるごく普通のラーメン屋だ。どこにでもありそうな、チェーン店のラーメン屋。
「うーむ、あそこか…」
「いいだろ、人もそこそこ入ってるみたいだし」
道の向こうからは、たいそう良いにおいがしてくる。
「それより佐助、もう少し向こうにもラーメン屋はあるようだぞ。あちらにしよう」
佐助が指差した店よりももう50mは向こうだろうか。確かにラーメン屋と思しき店構えがうっすらと見える。そこに決めたと言わんばかりに、幸村は佐助の腕を引いて歩き出す。
「ちょ、待てって旦那。すぐそこにもあるのに、何でわざわざ遠くまで行くんだよ」
「だが佐助、向かい側の店は醤油ラーメンの店ではないか。飲んだ後のラーメンは昔から豚骨と決まっているものだ。なればこそ、少し遠かろうがあちらのラーメン屋まで行くのが道理というものだろう」
「何の道理だよ……」
地元を離れた先で生まれて初めて口にした豚骨ラーメンをすっかり気に入り、幸村はラーメンといえば豚骨だとしきりに繰り返すようになった。一緒にラーメン屋に行った友人らによると、生粋の博多人でもないくせにその食べ方も堂に入ったものらしい。
「なぁ、豚骨は今度付き合うから、今日は醤油にしとこうぜ旦那」
「何を言う。醤油は今度行けば良かろう。今日は豚骨にするぞ」
「だってアンタさっきめちゃくちゃ豚カツとか食ってたじゃん。そんな豚ばっか食ってどうすんだよ」
先ほどの飲み会で幸村は、何もそんなに好んで食べなくてもと周囲が呆れるほどに豚料理ばかりを食べていた。
「豚になるぜ」
「それとこれとは話が別だ。飲んだ後の豚骨は譲れん」
「あっさりいこうぜあっさり。ただでさえ腹は膨れてんだ。醤油でさらっといくのが妥当なとこだろ」
「シメのラーメンは別腹というやつだ。正直に食べたいものを食べるべきなのだ」
この会話が予想通りすぎて、ため息しか出てこない。
何かのついででラーメンを食べようと話がまとまったことは、今までにだって何度もあった。だが佐助は幸村とそのままラーメン屋に行った覚えが一度もない。佐助は自分一人か、もしくは幸村ではない別の誰かとしかラーメン屋に行ったことがない。
根本的なところで、なぜか佐助と幸村のラーメンの好みは全く重ならないのだ。
幸村はこってり豚骨ラーメンが好きだ。煮卵をトッピングし、紅生姜をたっぷり入れる。麺は“かた”で、腹に余裕があれば替え玉もする。できればニンニクもすりおろしたいらしい。
対する佐助はあっさり醤油ラーメンが好きだ。トッピングに選ぶのはネギとコーン。キャベツが入っていてもおいしいと思う。
幸村も佐助も嫌いなものがそうあるわけでもないのに、ラーメンに関しては好みの方が勝るので、別のものを食べようという気にならないらしい。
そしてさらに困ったことに、一つの店で複数種のラーメンが食べられる店はあまりない。どの店も判で押したかのように豚骨なら豚骨と、ご自慢のラーメンを一種類のみ置いている。
「で、結局今日もこのパターンなのかよ」
ぼやく佐助の目の前には、近所のコンビニで買ったカップラーメンがぽつんと置かれている。
「俺のせいではないぞ」
幸村の前にも、同じようにカップラーメンが置かれている。同じメーカーの同じ型のラーメン。そこにある違いと言えば、味が醤油か豚骨かくらいしかない。
コンロに据えられたヤカンからは、余った湯の水蒸気がかすかに上がっている。
「俺様、たまには店で美味いラーメンが食いたい」
「俺だってあの店のラーメンを食してみたかった」
醤油派と豚骨派の意見は平行線のまま交わることがないが、どちらの希望も叶えられる店も見つけられない。かといって、ラーメンに向けて盛り上がった気持ちを今さら抑えることなどできない。
二人に残された道は、近所のコンビニでインスタントラーメンを買うしかなかった。
「旦那の一口くれよ」
「おお、一口と言わず好きなだけ食え。そしてお前も豚骨の旨味に恐れおののくがいい」
カップラーメンといえど、雰囲気重視のために海苔とメンマくらいはトッピングもするし、レンゲも使う。
こぼれないようにそっと差し出されたレンゲからスープをすすると、佐助の口内に濃厚な豚骨のまろやかな旨味が口内に広がった。
「まあこれはコレで美味いのもわかるけど、ぜっったい醤油のがおススメだって」
「お前は何にもわかってないな。飲んだ後のこの一杯が何よりも染みるのだぞ」
「ダメだ、旦那がどんどんおっさんになってく……」
「な、おっさんとはなんだ!同い年の癖に!」
互いに好みがそれぞれ違っていても、それぞれ別の店で食べてから帰宅するという考えは二人の頭にはない。
なんだかんだと文句を言い合いながらも、最終的にはいつもの通り向かい合って何か食べている。
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