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森の小さな傘を拝借
栄口は良くできた子だ。
落ち着いていて気が利いて、内野のまとめ役も難なくこなしてさらにはビックリするくらい家庭的だ。
でもそれは、栄口が高校男児にしては珍しく手伝いをよくする良い子だ(もちろん実際にそうだけど)というのとはちょっと違う理由がある。
「栄口くんって料理上手だよねー」
「うん、ホント上手い!なんでそんなに慣れてるの?家でお手伝いしてるとか?」
1年生の家庭基礎。家庭科の全般を取り扱うこの授業ではたびたび調理実習を行っている。いずれは親元を離れて単身生活を送るであろう生徒が食事に困らないように、一通りの栄養学と一応の家庭料理法を習得し今後の食生活に生かす、というのがその狙いらしい。
他の人間に比べて包丁を握る手つきが慣れている栄口を見て、4月5月はそんな会話がよく繰り広げられた。栄口もときには律儀に答え、ときには曖昧にごまかした。同じ中学で事情を知っている女子が、うっかり質問した女子の袖を顔色を変えて引っ張ることもあった。
そのうちクラスのほとんどが栄口家の事情を知るようになって、誰も「栄口くん料理上手だね」なんて口にすることもなくなっていった2学期。1組にはまた調理実習の時間がやってきた。
出席番号で組まれる班構成ではサとスが同じ組になるのは当然だ。いつまでたっても変わらない班のまま迎える調理実習はもう何度目だろうか。
(なーんかビミョーな感じ)
「今日はキノコ尽くしだって」
「秋だから?」
「じゃない?」
今日のメニューは“ホイル焼・パイ包み・炊き込みご飯・味噌汁・サラダ”その全てに様々なキノコが登場する。
班毎に配分された材料のうちとりあえずシメジに手を伸ばし、ザルを取り出して流し台に置く。
「………」
水を流し始めると栄口が微妙な顔をした。
(なんだ?)
何かを言おうか言うまいか迷っている風だった。
「何?」
「……キノコは洗わなくていいんだと思う、ケド」
「ああ、そっか」
頷いて水を止める。残留農薬がどうとやら。今までの調理実習では野菜を丁寧に洗うことを叩き込まれていたから、キノコを洗わなくて良いと思うと気分が楽になった。
火を通すと多少嵩は減るらしいが、目の前には一班4人分にしては大量に思えるキノコ。シメジ・エノキ・エリンギ・椎茸・白いシメジっぽいキノコにビラビラした名前のわからないキノコ。
(キノコ嫌いなヤツがいたらどうすんだ)
作った料理がそのまま昼食になるように、調理実習の日は日課変更で昼前に家庭基礎がある。
先生曰く今日のメニューはそう難しくはないらしいが、それでも普段料理をしない高校生にとっては充分にハードルが高かった。家でも似たようなものを食べたことがあるからホイル焼はまだ良いとして(鮭と一緒にアルミホイルに包んで焼けばいいんだろう)、問題なのはパイ包みだ。そんなもの食った記憶もないのに。
「……パイ包みって何?」
教師から示されたのは作り方のみで、見本はどこにもない。パイシートを持ったまま途方に暮れて同じ班の女子と顔を見合わせ、そっと周りの班の様子を伺う。
「どこもまだそこまで進んでないな」
「だって今日作る量が多いもん。絶対片付け昼休みまでかかるって」
実際作ってみると2時間の授業で5品というのは多かった。慣れた主婦とは違い、こちとら親の手伝いもあまりしない高校生ばかりなのだ。
できれば昼休みは睡眠に充てたい。残るはパイで包んで焼き、ご飯が炊き上がるのをまつだけなのに。後少しで出来上がるというのに。
「これで包むんだろ?中身出てこなきゃいいよ多分」
普段よりなんとなく口数が少なかった栄口がさっさとパイとキノコをふんだんにつかった餡を手に取る。
「形は?」
「四角でも三角でもいーと思うケド。好きにしろってことなんじゃない?」
なるほど、生徒のオリジナリティーに期待したいから見本を用意していないのか。
結局餡は一番簡単な三角型に包んだ。フォークで突き刺してパイ生地を止めるというのは泣きついたら先生がしぶしぶ教えてくれた。
(炊き込みご飯とか、日本の味だよな)
出来上がった料理に舌鼓を打つ。そしていつも通り、栄口が味付けした味噌汁はうまい。
家庭環境のこと、クラスメートにも部員にも気にさせてしまうのは申し訳ないと、いつだったか栄口はそう言った。ちょうど夏になったくらいだったと思う。
「でもそれって栄口のせいじゃないだろ?」
「そりゃあね」
あのときなんて答えれば良かったのか、栄口はどう答えて欲しかったのか、今でもたまに考えている。
栄口を頼ってよいのか頼らざるべきか。どんな立ち位置にいれば栄口が楽なのか、実はよくわからない。
調理実習を重ねるたびに見えるようになってきた栄口のとまどいも、理由はそこにあると考えた。
(多分栄口も、どこまで手ェ出していいのかわかんないんだろな)
栄口は他の人間に比べて料理ができる方だ。それは家庭環境のおかげでもあり、せいでもある。
野球部はそんなこと気にするヤツラじゃないし、男だからってのもある。春から今まで1日の大半を一緒に過ごしてきたのだからその辺はよくわかっている。
だけどクラスメートっていうのはなかなかそうはいかない。
(クラスでの時間って実はほとんど授業だしな)
特に女子の場合栄口のことを気遣ってか、極力それ系の話題に触れないようにしている様に感じられた。傍で見ていて気づくぐらいだから、当の栄口にはもっとはっきりと伝わっているだろう。
(そんなに気にしなくてもいいだろ)
そう思ってはいるが、自分こそ本当はもっと気にすべきなのかもしれないし。
クラスにいると、たまに距離の取り方に困ることがある。調理実習のときは特にそう思う。
でも栄口は料理が上手い。少なくとも栄口がいるおかげでうちの班が助かっているのは事実だ。
「栄口の味付けウマかった」
そう告げるとほころぶ栄口の顔を見ると、言っても良かったのだと思う。
食べ終わった後の皿を洗い、さらには自分で拭こうとする栄口の手から布巾を奪い取る。女子には献立の記録と反省を頼んだ。
することがなくなった栄口はなんだか所在無さげだった。皿を拭きつつそんな姿をじっと見ていたら、栄口は少しためらったがポツリと話し始めた。
「……オレさ」
「ん?」
「料理の腕誉められるの嫌いじゃないんだ」
「うん」
「そりゃ仕方なくやってるときもあるよ」
「だよな」
「でもそれで家事できるようになったオレってのもちょっと自慢なんだよ」
「そうか」
「うん」
「ならオレは素直に頼ることにする」
「うん、オレもそれでいーよ」
(思い切って話して良いんだろーな)
考えたって答えの出ないことだってあるけど、だから言葉があるんだろ?
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