|
願い事ひとつだけ
「やっときた!沖、頼みがある!」
「な、なに……」
定期考査の期間中、部員たちは特別な用事のない限りはできるだけ集まって勉強することにしていた。お互いの得意・不得意分野を補うためだ。
本日の集合場所は9組。入った途端に切羽詰った顔で頼み事をされれば、きっと誰でも頷かざるを得ないだろう。でも頷いてしまって良いものかの判断に迷い、まずはその頼みの内容を確認するだろう。
「頼む沖!もうオマエにしか頼めないんだよ」
「そうそう、誰も協力してくんねーんだよ。友達ガイのないヤツラだぜ」
手の平を合わせて頼んでくるのは田島で、教室にいた残りのメンバーを軽くねめつけたのは泉だった。後ろには三橋と水谷も立っている。
「な、内容によると思うけど……」
「大丈夫だ、沖ならできる」
「答え読み上げてくれるだけでいーんだ。それだけでいい」
ほっとして肩の力が抜ける。田島の手には生物のプリントがある。内容からみて、今回のテスト範囲にあたる部分だ。
「お、おねが、いします……」
「なんだ、答え読むだけ?」
(それだけなら、別にオレを待たなくてもいいだろうに……)
西広は職員室に寄る用事があるので少し遅れるといっていたが、教室には他の部員は皆揃っていた。
田島達がなぜ自分を待っていたのかその理由もわからないまま、沖はプリントを受け取る。それを合図に、田島達はそれぞれの勉強道具が置かれた席に座った。
「じゃあ、読むよ?」
「おお、頼む!」
「いざ、尋常に勝負!」
「よ、よし、来い……!」
「今度は負けないからな」
心なしか、花井と阿部がため息をついたように感じた。見れば栄口は苦笑しているし、巣山は笑っている。
(……なんだろう?)
ざっとプリントを見ても、おかしなことを読まされる心配もなさそうな気がする。ますます訳がわからなくなって、沖はさっさと読んでしまうことにした。
「問1は……」
「やった!合ってる!」
「よし来た!」
「アー!!」
「よっしゃあ」
最初の答えを読み上げた瞬間、4人からは4人それぞれの歓声と悲鳴があがった。しかもどれも声としてはかなり大きい。
(……ビックリした)
「と、問2は……」
「かー、しまった!」
「引っ掛けられたぜ!」
「オレあったぞ!」
「オ、オレも……!」
「と、問3は……」
答えを読み上げながら、沖はなぜ自分が待たれていたのか、その理由を悟った。他のメンバーは答えを読み上げるのを拒否したのだ。おそらくはそのうるささのために。
「っとに、ウルセェな」
問5まで答えを読み上げた頃、耐えかねたか阿部がため息をついた。
「新しいヤツを巻き込むのは止めろっつったろ?集中できねぇ」
「だーかーらー、沖と西広で最後にするならいいって花井が言っただろ?」
「オレは言ってねー。勝手にそう解釈したのはオマエラだ」
「イチイチうるせー。オトコの勝負に口出しすんな」
「そーだよ、うらやましいんなら花井も阿部も入ればいいんだよ」
「っ誰が入るかよ!」
「沖、もう読まなくてもいいぞ」
「いやいや、途中で放り出すなんて沖らしくねーよ」
(オレはどうすれば……)
教室の端と端に分かれた両陣営の間で、壮絶な舌戦が展開される。間に立たされてどうしようもなくなった沖を救ったのは三橋だった。
「お、沖くん、続きを……」
「あ、うん……」
三橋に促され、沖はプリントの答えに戻る。沖がこの状況から逃れるためには、最後まで読み上げてしまうのが一番だと思われた。
「問12は………」
ようやく最後の答えまでたどり着いてにぎやかな答え合わせがようやく終了すると、沖はほっとため息をついた。
「オレ今回4つも間違えてる……」
「オレ1問ミスしただけだ」
「もしかして答え見てたんじゃねーだろな?」
「シツレーだな。実力よ!恐れ入ったか!」
「……はいはい、恐れいりました」
入り口に置きっぱなしにしていた鞄を、ようやくのことで手近な机まで運ぶ。
「で、何でそんなに大騒ぎして問題やってるわけ?」
「印象付け!」
しごく真っ当な問を突きつけてみれば、田島からはよくわからない答えが返ってきた。
「このプリントな、絶対テストに出すって先生言ってたんだ。これやっとけば30点はカタイって」
「うん。で?」
「こうやってそれぞれ反応を変えて問題を解いていけば、頭に残るだろ?」
「なるほど、それで覚えようってこと?」
「そう、それなのにうるさいだのなんだの言うからさー」
答えを読む人物を変えて特定の大問に関する印象をそれぞれ変えて付けていこうという目論見らしかった。
「今一負けだれだ?」
「水谷と三橋だな」
「えー、オレ途中参加なんだけど、その辺の配慮はないの?」
「あるわけねーだろ」
どうやら最終的に不正解の多かった者が何かしらのペナルティを負うらしく、それでよけいに気合が入っていたのもあるらしい。
(人騒がせだなぁ、もう)
でもいつだったか、「自分たちで工夫することが大事なんだ」というような意味のことを志賀も言っていた覚えがある。
残る部員は西広のみ。彼がやってくるまでは静かに勉強ができるだろうか。
赤点を取らないことも、自分たちで工夫して勉強していくことも、全部つながっている。
(できればオレもいい点取りたいし)
少なくとも沖自身、先ほど読み上げた答えは忘れそうにない。
案外いい方法かもしれないと思いつつ、今日に限って教室に野球部を除いて他の生徒が誰も残っていない原因を察した。
(まぁ、騒いでんのが9組だからいいんだろうけど)
次のテストでは誰かの家に集まろう。そう思いながら沖は花井の隣に席を定めた。
|