重さを量ろう




 午前中の授業もあと1時間で終了。そうすれば待ちに待った昼休みがやってくる。
「あーヤバイ。絶対4限で腹が鳴る」
「後1時間我慢しろよ。つーかさっきの中休みで弁当半分食っただろ?」
「あんなんじゃ足りねー」
 どれほど朝ご飯を大量に食べてどれほど大きな弁当箱を持ってきても、朝から夜まで動く体には到底足りはしない。
 今日だってもう昼用の弁当を半分は平らげてしまっていた。
(1日5食の世界だったらちょうど良かったよな。3食なんてもたねーよ)
 ちまちまと食べたからといって腹が常に充たされているかといえば、そうでもないのが不思議だ。
「茶ーでも飲んどけよ。凍らしたのがあんだろ?ちびちびいっとけ」
 日にペットボトル何本もの水分を必要とするため、これもいちいち買ってはいられない。スポーツバッグに着替えと一緒に大量の飲料を入れて持ってくる。ただ残念なことに普通のペットボトルではすぐにぬるくなってしまうので、前日から冷凍庫に入れて凍らせておく。すると夕方近くなっても冷たいままの飲料が楽しめるという寸法だ。ただあまりに凍らせる時間を長くし過ぎるとなかなか溶けずに飲みたいときに飲めないので注意が必要だ。
「ああー、腹が減る」
「お、なかすいた、ね」
「そりゃ俺もだけど。授業中に食ったのバレたららシガポが恐いしな。我慢我慢」
 シガポはノリも良くて話のわかる教師なのだが、その分規則には厳しい。いつだったか授業中にジュースを飲んだ生徒がこっぴどく叱られていた様子は恐かった。
「よし、楽しいことを話そう!お前ら今日は何にする?」
 これは購買で売られているパンの話だ。
 西浦高校は独自に近くのパン屋と契約しているらしく、できたてのパンが昼に大量に届けられる。
 これがなかなかおいしいと評判で、弁当の代わりにパンを求める生徒・弁当は食べたがデザートにパンを求める生徒がぞろぞろと売店に集まる。やはりコンビニやスーパーのパンよりも手作りを求める人間は多いらしい。
 特に人気の焼きそばパンやコロッケパンは売切れてしまうことも多いので、4限終了と同時に駆け出す生徒も多い。
9組では昼の売店買出し当番が固定されている。
「いつもワリぃな田島。俺は今日チョコチップメロンパン。三橋は?」」
 例にもれず自分もチャイムと同時に教室を飛び出すので、大切な打ち合わせは3限終了後の休憩時間か4限中にメールを通じて行われる。おまけに授業中のメールはスリルを感じられて目が覚めるので助かる。
「お、れは焼きそばパンがいい……」
「オッケ。浜田はどうする?」
「俺はいいよ。お前らほど運動量ないのに同じだけ食べてりゃ太っちまう。弁当で足りるし」
「そか。じゃあ2人ともなければ普通のサンドイッチでいいな」
 最初の頃は全員で売店まで遠征していたが大勢で行くよりも1人の方が速いことがそのうちわかり、パンは自分。ジュースは他の人間の担当になった。


 キーンコーンカーンコーン。
 また後でな。そう泉に軽く合図をして終了の礼と同時に教室を飛び出す。1階の売店へと階段を3段飛ばしで駆け下りる。
 すでに授業の終了していたクラスがあったらしく先客はいたが、今日の順番は上々だ。これなら希望通りのパンを買うことができる。
(今日はどれかな〜)
 前の人間の後ろからそっと陳列棚を覗き込む。
(メロンパンは右から2番目とその上かな。いや一番左もいいかも……)
 同じパンの中でもだいたいのめぼしを付けておくと買うときに迷わなくていい。
 かろうじて授業中に鳴ることはなかったが腹具合はもうすぐ限界を迎えるし、後ろに並ぶ人間は増えるばかり。
 悠長にパンを吟味するような時間はないのだ。
「ちわっす!」
「はい、いらっしゃい。今日も元気だね。授業はちゃんと起きてたかい?」
 毎日顔を会わせるせいですっかりなじみになった売店のおばさんからの問いかけにも答えない。
(起きてました、かろうじて)
 聞こえてはいるが、目の前に並んだパンの値踏みに必死だからだ。
 たかが昼のパンと侮るなかれ。どれでも同じかというとそうではないのだ。おまけに高校生の財布事情は厳しい。
 野球なんて金のかかるスポーツをやらせてもらっている以上、親に対する感謝の気持ちとして節約することも知っている。
 日々限られた金額でできるだけ腹を充たさなければいけないのだから、ほんの少しの無駄も許されはしない。
 スーパーで売っている工場の既製品だって、同じ種類のパンでもモノによっては中のクリームや餡が数十g違うことだってある。
 まして手作りのパン屋であればその差は大きいだろう。
(我ながら役に立つ能力だよな)
 普段の生活でその能力が活用されることはほとんどないが、こんなときには何よりも役に立つ。
 隠れた(別に隠してはいないけど)特技、それははかりを使わずに重さを量るという能力。
 いきなり「50gの石を持って来い」と言われても困るが、左右の手で持ったものがどちらがどれだけ重いかをg単位で感じることならできる。
(どっちだ?)
 めぼしをつけていたパンを両手に持って考える。
「よし、チョコチップメロンパンはこっち。いや、こっちのがいいかな。いや、やっぱこっち。で、焼きそばパンは……」
 ひとりでぶつぶつと呟いていると、毎日毎日大変ねとおばさんが笑う。
「焼きそばパンはこっち。俺のホットドッグはこっちでお願いします!」
 おばさんは選んだパンを試しにとはかりに乗せる。
「あらまあ。今日もピッタリその通りだねえ」
 ホントすごいわとおばさんはパンを袋に入れてくれる。
「はいはい、全部で320円です」
 望みの品を手に入れて売店を飛び出す。今日もいい買い物をした。


(腹減った!)
 クラスまでの帰り道はちょっと寄り道。自販機のところで今日も3人が待っている。
「全部あったぜー!」
 そう告げるとほころぶ泉と三橋の顔。
 パンにはお茶よりも甘いジュースやカフェオレの方が合う。
(飲みモンはどうすっかな。あんま買ってっと今月キビシくなるかな)
 いちいち財布の中身と相談しなければいけないのもちょっとばかし情けない。
「三橋は今日も牛乳?」
「オ、レ、牛乳!」
「オレもそーしよ」
 正直米にはあまり合わないが、毎日おにぎりと一緒にプロテイン入り牛乳を飲むせいか弁当+牛乳も抵抗がなくなってきた。泉と三橋は健康的に牛乳が多い。
(そういやジュース飲むの減ったなー)
 監督のプロテイン指導のおかげか、以前は好きだった炭酸飲料もあまり飲まなくなってきた。
(そりゃ牛乳の方が体にはいいもんな)
 カシャン。ピッ。ガション。
 三橋の入れたコインが代わりに牛乳を落としてくれる。途端に鳴りだす珍しい音。
(ん?)
 ピピピピピピピピ!
「スゲェ三橋、当たった!」
「やったな三橋!久しぶりに見たぜ。どれにすんだ、早く選ばなきゃ消えちまうぞ」
 ジュースの当たりは確率で決まっているらしいけど、少なくとも1度も当たったことない。 (スゲェ三橋、今日の運勢良い日だったのかな)
「え、えと。た、田島くんどうぞ!」
「え、何で?三橋選べばいいじゃん」
「お、お礼!田島くんにあげ、る!」
「ってパンのお礼か?」
 小首をかしげると浜田が聞いてくれた。三橋は首がもげるんじゃないかと思うくらいに縦に振る。
(別にお礼を言われるほどのことをしてるわけでもないけど……)
「三橋いいの?」
「うん、い、いんだ。田島くん選んで」
「だってさ。田島選んじゃえよ」
「ほんとにもらっちゃうぞ?」
 改めて聞いてみても三橋は首をブンブンと振るだけ。
「ありがとな三橋!じゃあオレも牛乳にしよっ!」
「お、そろいだ、ね」
「おお、おそろいだな」
 顔を見合わせてふへっと笑う。


 さあ9組に帰ろう。幸せな昼休みはもうそこまで来ている。