お世話になります、これからも




「なあ花井、頼むよ!」
「……遠慮しとく」


 せっかくの昼休み。ゆっくりと休養を取りたい気分だったが、ジュースを買いに自販機まで足をのばしたところであいにくと花井は中学校時代の友人に捕まっていた。好きなジュースを奢るから話を聞いてくれと頼まれ「聞くだけなら」と了承したのがそもそもの間違いだったのだ。
「こんなに頼んでんだろ!」
「そう言われてもなー」
「頼むよ花井、オレとオマエの仲じゃんか?」
「どんな仲だよ!……とりあえず何度頼まれても断る」
「頼む花井、一生のお願いだ!」
 相手も引き下がる様子はないらしく、ついに『一生のお願い』まで飛び出してきた。
「篠岡さんに紹介してくれ!」
 手を合わせて頭を下げる姿はあまりにも必死だが、こちらもほだされるつもりは毛頭ない。
「何度頼まれてもダメだ、言うなら自分で言え」
「こないだ2組のヤツが告ったけどダメだったって話だ」
「じゃあしょうがないだろ、あきらめろ」
「だから花井に頼んでんだ。知り合いからの紹介ならOKしてもらえるかもしれねーし」
「そこでなんでオレなわけ?」
 中学時代の同級生に久しぶりに声をかけられたと思ったら「篠岡さんに紹介してくれ」と来たもんだ。正直めんどうな話になったと思う。
「同じ中学のよしみだ。もう頼れるのは花井しかいねぇ」
「……。そういやオマエ1組だったっけ。栄口と巣山に頼んでみた?」
「断られた。すげーあっさり。取り付くシマもねーってあのことを言うんだぜ」
「だろうな」
「なー、もう花井にしか頼めねーんだ、オレを助けると思って頼むって」
「ちなみに聞くけど、篠岡のドコがいーんだ?」
「そりゃカワイイし」
「へー……」
 コイツも外見重視かよ、他のヤツらと一緒だな。そんな白けた空気を感じたのか、相手は慌てて口を開く。
「もちろんそれだけじゃねーって、マネの仕事すげー頑張ってんじゃん」
「そりゃそうだな」
「あんなちっせー体でガンバんの見てっとさ、なんか守ってやりたくなるんだよ」
「………」
 恥ずかしげもなく力説するあたり、篠岡のことを普段からよく見ているらしい。
「あんな子めったにいねー。オレの目に狂いはない!」
「そーか」
 数多くの女子の中から篠岡を選んだコイツの見る目は確かに間違いない。その点は認めよう。ただし、篠岡に紹介できるレベルに及んでいるとは到底思えない。
 これ以上付き合っても時間のムダだろう。ため息を一つ吐いて教室へ向けて歩き出す。
「ワリィけど、もうオレに頼むなよ。力にはなれねーから。多分他のヤツに頼んでもムリと思うぞ」
 はないーとすがる彼にできるのは「自分で言えよ」というアドバイスくらい。これが精一杯の思いやりだ。
 奢ってもらったジュースのことを持ち出されれば奢り返すつもりだったが、それについては相手も特に何も触れてこなかった。

 ひいき目に見ても篠岡はどの部活のマネージャーよりも頑張っている。何よりあの外見だから男子に人気があるらしいのも知っている。それでもこうして話を持ちかけられると改めてその人気に驚かされる。
 しかし、残念ながら彼らは篠岡の本当の姿をまだ知っていない。と思う。彼女は頑張っているとかカワイイだけじゃ語れない存在なのだ。


 例えば、毎週木曜日の朝はこんな会話が繰り広げられるのが当たり前だ。
「阿部くん、見たー?」
「おー、見た。やっぱ今週はーーーが成績あがってきたな。先週予想した通りだぜ」
「難しいかもしれないけど、もうちょっと貯金が欲しいよね」
「ここんとこ浮き沈み激しいよな、どのチームも」
「そうそう、やっぱり△△△選手の活躍が大きいよね。そういえばあの練習法見た?西浦でできないのかな?」
「あー、アレな。でもアレ実現不可能に近いぞ」
「え、そうなの?どこが?」
「すげー時間かかるし、それぞれに専属のトレーナーいないと一人じゃ危険すぎる。第一あの体勢は足腰の訓練にはなっても肩に負担くるぜ」
「そうなんだ、でも△△△選手、去年より筋肉ついてない?」
「まーな、去年の選手名鑑と見比べてみても体はしっかりできてたよ」
 水曜日に発行される某野球雑誌を買って次の日にその特集について話すのは、彼らにとって毎週の恒例行事だといっても過言ではない。 他のメンバーがその会話に加わることも多い。
 クラスではそこまで野球の話ばかりしているわけじゃないから、きっと野球部以外の人間はこんな篠岡の姿は見たことがないんだろう。


 そして大切なことがもう一つ。篠岡は、並みの女子よりも強い。守ってあげたいというか弱い存在では決してない。
 2リットルのペットボトルを両手に軽々と持って振る女子はなかなかいない。
 彼女が普段数学準備室とグラウンドを往復して運ぶジャグだって、ペットボトルが5本は入るシロモノだ。中身が液体な分かなりの重量を誇っていて、気がつけば手伝うようにはしていてもマネージャーというのは見えないところで働いていることの方がはるかに多い。他にも(11合+具材)分のオニギリや用具など、重たいものをいちいち数えていればきりがない。

 そういえば、いつだったか雨が降って校内でちょっとした筋力測定会をした日があった。
 高校入学後どれだけ伸びたかを確認するため、古典的な背筋・腹筋の回数争いに、筋力計を使って脚のパワーを測定し、他にもバーベルを使って下半身のふらつき度を確かめる。
 もちろん部員たちは平均的な高校1年生の数値よりはかなり上を全員がたたき出した。安心したが、それだけの練習を繰り返してきたのだからそれは当然の話だ。むしろレベルアップしていない方がおかしい。
 それよりも驚いたのは、監督と篠岡の筋力にだった。
 失礼な話だが、監督の力は誰もが予想していた範疇だった。甘夏つぶしを見る限り少なくとも握力が並以上なのは間違いなかったし、その他の身体能力が高いのも普段の監督を見ていれば頷ける話だ。普段から鍛えているんだろうとわかる。
 しかし、篠岡は違う。運動神経は高めかもしれないが、彼女は普通のマネージャーだ。
「篠岡、もっかいやってみてくれる?」
「うん、いーよー」
「………」
「うん。やっぱり測り間違いじゃねーよな」
「篠岡意外と握力強いな。右が36」
「え、そお?」
「握力だけじゃねーよ。さっきの腕立て見たろ?しっかり下まで体下げようと思ったら、フツーの女子なら10回でもきついはずだぞ」
「しのーか何回やった?」
「50 は超えてたな」
「しのーか普段筋トレしてんの?」
「うん、たまに。皆がランニングに行ってる間のちょっとあいた時間とか。家でもやるよ」
「え、マジで?」
「なんで?」
「だって皆に負けたくないんだもん」
「負けたくないって……」
「だって悔しいよね。皆だけ強くなっていくのって」
「そーゆーもん………?」
 少しすねた表情の篠岡は、できれば一緒に強くなりたいのだと言う。
「それにね、最近ジャグ運ぶのも前ほど苦労しなくなったんだよ!ジャグ乗っけて自転車こぐからか、最近足腰も強くなった気がするし」
 キラキラの笑顔でそう宣言されては、それ以上誰も何も言えなかった。
 苦労かけてんなぁ。オレらも頑張るからよ。
 誰も口には出さないが、そんな声が聞こえてた。
「ご、ご苦労さん」
「いえいえ、どういたしまして!」



 やっぱり篠岡は普通のマネージャーとは一味違う。そんじょそこらの女子生徒と一緒にしてもらっては困る。
 何より篠岡のこれほどの情熱をわかってくれるヤツじゃないと認められない。

 ありがとう篠岡。これからもよろしく頼む!