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さあ、今週も始めよう
西浦高校野球部では、10週間に一度掃除当番がやってくる。
部員が普段着替えたり日誌を書いたりする野球部の大切なお城は実はそんなに大きくない。今は10人しかいないからなんとかなっているが、来年下が入ってくることを考えると少し気が滅入る。
部費や練習場所と違って、部室の件に限って言えば野球部が新設だからという理由は当てはまらない。公立高校の部室なんて、よっぽどの戦績がなければ人数に関わらずどこも似たり寄ったりだろう。
部活が始まって間もない頃はマネージャーが掃除をしてくれていたけど、専任教師の一言でその体制は変わった。
「自分たちが一番よく使うところだ。感謝の気持ちも込めて自分たちで掃除しなさい」
多少なりとも面倒だという思いはあったが、シガポの言うことには納得できる。また、一生懸命自分たちのために頑張ってくれている篠岡の負担を減らしてもやりたいという気持ちもあった。
そんなわけで掃除と日誌当番を一括りにし、その週の当番には日誌に加えて部室清掃と一週間分のゴミ捨てが割り振られることとなった。
(さて、今週も始めるか)
巣山にとってもう8順目の当番がやってきた。
最初に順番を決めたとき分かりやすいからとクラス順に回していくことになったが、クラス内の順番に特に決まりはない。
栄口と巣山のどちらが先でも後でも特に支障はないけれど、たまたまその話し合いの時栄口が委員会で遅れていたせいもあって巣山が先にやることにしたのだ。
順番がクラスで回っていくということは、1組の前は9組が担当していたことになる。
9組の誰が自分の前を担当していたかによって、片付けるゴミの量が全然違うことに巣山は最近気づいた。
泉は面倒くさがりに見えて責任感が強いので、自分の仕事はきっちりとこなす。泉の次に当たったときは、だいたい仕事が楽だ。ゴミ捨ても週末に一度行けば良い。
三橋ははっきりいって片付けることが下手だ。以前勉強会で行った三橋家のベッドの様子から察すると、放っておけばおくほど際限なく物が散らかるタイプだろう。今の部屋の様子が目に浮かぶ。
本人は頑張って掃除をしたつもりなのだろうけど、部室のあちこちに「捨てていいだろ!」という物が置いてある。
田島の後ははっきり言って大変だ。これで田島は本当に掃除をしたんだろうかと思えるくらいだ。
三橋と田島の次の週に当たった場合、巣山は週初めと週末と、2回ゴミ捨てに行く羽目になる。
(あの二人のロッカーの中もスゴイもんな)
着替えの際ちらりとのぞく二人のロッカーは、カオスとしかいいようがない。
雑誌やノート、シャツや靴下の類が積まれ、さらにその下には何が埋まっているのか。考えたくもない。
(先週は多分田島だ)
部室の様子にそう想像し、諦めて掃除に取り掛かる。
「あーあ、食べ残しとか捨てるなよ。誰だ?」
西浦野球部では基本的には週末しかゴミ捨てをしないため、「生ゴミは部室には捨てない」という暗黙の了解がある。冬場はまだいいとしても、夏場に生ゴミを放置しておくのは危険な行為この上ない。
うっかりカビの生えたおにぎりには誰もが触りたくないものなので、全員が気をつけていると思っていたが。
(間違えて捨てちまったのか?)
仕方ないのでそれは燃えるゴミとして分別する。
部活中にドリンクや麦茶が出るけれど、自分たちでもよく水分を取るので、部室のゴミで一番多いのはペットボトルだ。次いでパンの袋が多い。
分別の次は業者に持っていってもらえる状態にしなければいけない。
ペットボトルの中身を捨てて水で流し、さらにラベルをはがす。リサイクルにうるさくなった最近では、きちんとしていない部活のゴミは集めてもらえず評判が下がるのでどの部も必死だ。
「よし、と」
ゴミ捨ては部活が終わった後に行くつもりで、分別し終えた袋を部室の外にまとめておく。
これでいつものように今週一回目の掃除は終わった。
そして事件が起こったのは部活の休憩中の間のことだった。
「篠岡、どうしたんだ?」
次の練習に使う用具を部室まで取りに行っていた篠岡の様子がおかしい。多少取り乱しているように見えるのはきっと気のせいではない。
「あ、花井くん!新聞紙ない?新聞紙!!」
「新聞紙?新聞紙なんて何に使うんだ?」
「出たの!部室に!まだいるかも!」
「出たぁ?何が?」
そう花井が問いかけた瞬間、部員の脳裏をある生物の存在がかすめた。
「ゴっ……」
『いい、篠岡言うな!』
「………」
ベンチ前に何とも言えない空気が流れる。
(あれ〜、ゴミは片したと思ったんだけどなあ)
どこかにまだ見落としがあったのだろうか。
「悪い、俺行ってくるわ」
今週の掃除当番としては見過ごすことはできない。
そう監督に申し出るとモモカンは快く了承してくれた。どうやら彼女も嫌いらしい。
「花井くんも一緒に行ってきて。他は続きね」
その言葉を受け、花井と一緒に部室へ向かう。
刺激しないよう恐る恐る開いた扉の先には生物の気配はなく静かなものだった。
「やっぱりキレーだよな、特に出そうな感じはないけど……」
当然だ。部活が始まる前に掃除をしたのは他でもない巣山自身なのだから。
「第一、部室でそんなモノ食ったりはしねえよな?あってもパンの袋くらいだろ。弁当はもうなくなっちまってるし」
花井の言うことももっともだ。部室に特に出そうな理由が見当たらない。
「とりあえず今はもういないみたいだし」
練習に戻ろうか。そう言いかけた瞬間にヤツは現れた。
「巣山、出たぜ!」
「何、どこに!?」
「ロッカーの下!」
花井の指差す先を見れば、確かにヤツはいた。
覚悟を決める。ここで恐がっていてもどうしようもない。ヤツは殺さなければまたここにきっと帰ってくるのだから!
「花井、静かにして動くなよ」
ヤツはすばしっこい。異常な雰囲気を感じ取ればカサカサとすぐにいなくなってしまう。
「っ!」
息と共に丸めた新聞紙を振り下ろせば、ヤツは一瞬前に気づいて逃げていった。
「チッ、逃がした」
手を抜いたつもりはないけど、でもこの手で殺すのはなんだかしのびない気がするのも事実だ。
このまま出てこなければそれで終わりだ。
(もう出てくるなよ)
しばらく待ってみるが、危ない雰囲気を感じたのかもう現れなかった。
「今日はもうあきらめっか。原因考えなきゃなんねえし」
花井はそういうが、巣山にはその原因がわかってしまっていた。
「花井、そのロッカー誰のだと思う?」
「ロッカー?……!そうか、田島か!」
「そう、そんでその隣は誰だと思う?」
「三橋!」
「俺、多分その二人だと思うよ」
「………」
そしてその日の練習後。全員の目の前に二人のロッカーが公開され、全員の監督の下にロッカーの整理整頓が決行された。
そして後日、「ロッカーに生ものは放置しない」が新たな暗黙の了解として部員に認知された。
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