最初がカンジン




「ぜひうちに来て欲しいね。君になら特待生の条件を出すよ」
「今日の試合もすばらしい活躍だったよ。ぜひともうちの高校に来なさい。金銭面だけでなく、うちなら設備だってたいそう充実しているから」
「何、公立校に行く?君は才能と3年間を棒に振る気かい?甲子園に行ける学校を選ぶのも君の役目だよ」
 中学校最後の年はそんな言葉を聞き続けて終わった。



「お前力全部出してんだろ。守ってりゃそれはわかるから、一緒にベンチ帰ろうぜ!」
 合宿の最後に組まれた練習試合。中学まで自分のいたチームに三塁打にホームランまで打たれて落ち込んだチームメイトにそんな風に声をかけた。
「なんだよもー心配したじゃんかあ!」
「平気?」
 ベンチの脇に座り込んで動かない彼を引っ張り起こして押して。一緒に戻ったベンチからかけられる他のチームメイトからの言葉。
 かけられた本人はそんな言葉に驚いて嬉しくて顔を赤くしていた。

 新しくできた西浦高校野球部。このチームは色んな意味ですごく不思議だ。
 まず不思議なこと。投手と捕手。
 中学時代に部内でもめて、ある意味人間不信な投手は合宿が始まって数日たった今でも他の部員とのコミュニケーションをうまく取れていない。「夫婦」なんて言葉で形容されるはずの捕手との関係も良いものとは言えない。
 シニアの試合で何度か見かけたことのある捕手はとても高いキャッチの技術と目を持っている。投手のまっすぐに1球目から順応して見せたその技術はシニアで磨かれたものだろう。でも投手との意思の疎通ができているようには見えない。
 9組では野球部は3人で固まっていて、時折そこに泉の幼馴染である浜田が加わる。彼らと一緒に弁当を食べ、授業ごとの教室移動も共にする。
(三橋はクラスではそこまででもないんだ)
 話しかけられればビクつくが、詰まりながらもきちんと答えを返す。  クラスでの様子は人見知りが人より激しいなという程度だが、部活の時間になると豹変するその態度に最初は驚きすら覚えた。
おどおどびくびく。
 泉から話しかけられてもおっかなびっくり。自分が話しかけてもびっくりどっきり。
 この合宿でその様子はますますひどくなっているように思えた。
 阿部は阿部でそんな三橋の様子にいらついている。それは他が阿部と三橋2人をペアで扱うせいでもある。ペアで扱われるものの、思うように会話のキャッチボールができなくていらいらするんだろう。
(かといったってなぁ。2人には自分で頑張ってもらうしかねぇし)
 周りが2人の関係に口を出すことはとても簡単だ。
 ああしたらこうしたらいいんじゃないの。
 自分か泉が間に入って意思の疎通をはかってやることだって不可能じゃない。そのあたりのフォローが上手そうな栄口に任せてもいいかもしれない。
(でもそれじゃ意味ナイし)
 どのチームでもバッテリーの関係はそりゃあ大事だ。決して固定されていないけど、信頼のない2人をバッテリーとして組ませても勝ち続けることはできない。
 この学校の野球部に投手と捕手が1人ずつしかいない以上、この2人がバッテリーとして組むことになるのは間違いない。
 それなら周りがあれこれ口を挟むより、最初から2人で手作りの関係を築いてもらった方がきっといい。
(前途多難だなぁってそう思ってたのに)
 思い出すのは練習試合が始まる直前の阿部の言葉。
「あいつのためにこの試合、どうしても勝ってほしいんだ!」
 あの口からそんな言葉が出るとは正直思ってもみなかった。
「いつの間にかズイブン三橋を気に入ったんだな」
 花井も言っていたがそれまでの阿部の三橋に対する態度には苛立ちがもろに現れていたし、それは周囲の人間だって痛いほど感じていた。
「みんな三橋君がほしい!?」
「欲しい!!」
 だからこそ監督の掛け声に真っ先に答えた阿部の姿に驚いた。
 何が彼を変えたのか気にならないわけじゃないけど、とりあえず良かったと思う。
 バッテリーはチームの要だ。
 投手と捕手の関係はポジション同士の関係の中では一番大切にされる。そして誰もがそれを肌で感じている。
(まいった困ったって多分皆思ってた)
 なのに彼らはほんの少しの時間だけでその関係を好転させてしまった。
 これを不思議だと思わずに、何を不思議と思えばいいだろう。


 次に不思議だったのはチームメイト達。
 合宿は6時45分起床。7時30分より朝食。9時00分よりランニング&練習開始。
 合宿初日の朝、誰のものかよくわからない着ウタがまだ夢の国に住んでいる部員の頭上に大音量で響き渡った。
『!!?』
(なんだなんだ、誰んだよ)
 寝ぼけた頭で音の源を探す。驚いたことにそれは自分の耳元から聞こえていた。
 少々の物音では起きない自分の目が覚めたのもそのせいだ。
(俺?)
 慌てて枕元からひっぱりだしたケータイは水谷のものだった。
(何でこんなトコにあんだ?)
 時刻は6時30分。起床時間にはまだもう少し。
 スイッチを切ろうかとも思ったが、夏休みが思い出されるその曲に、音量を下げるだけに留めた。
「コイツこの曲が目覚ましなのかよ。変なのー」
 自分の携帯電話が鳴ったのに本人はいまだ夢の国からの生還を果たしていない。
 のんびりとつぶやくが、ふといくつもの視線を感じる。
(えーと、さすがに目覚ましには早すぎたよな。やっぱ消すべきだったか)
「ごめ……」
「なつかしー、夏休みは毎日行ってたよな」
 謝ろうとした瞬間、眠そうな巣山や西広の会話が耳に入ってくる。
「え、俺んとこは週に1回行けば良かったよ。んでハンコもらってくんの」
「ああ、ハンコもらってた!カード首からさげてさ〜」
「ハンコがないとちゃんと行ったって認めてもらえないんだよな!」
「そうそう、懐かしいな〜。もう何年もやってないよ」
 ああー、そうだった。
 そんな言葉があちこちから聞こえてきて拍子抜けしてしまった。
(怒ってないのか?)
「しょーがねぇ、もう起きっか。ちょっと早いけどいいんじゃねぇの」
 花井の一言でそれぞれもぞもぞと布団から起き出した。
「水谷ー起きろよ。朝だぞ」
「………。ん〜。なんだ泉かぁ。………」
「起きろって!人起こしといてなんでテメーの目覚ましでテメーが起きねぇんだよ!」
「………。ん〜。………」
「ちっ、仕方ねぇ。田島、パス」
「ハイ」
「ほーれほーれ」
 泉は水谷の耳元で音量を最大に引き上げる。
「ん゛〜………。う、るせ……」
 顔をしかめてそれでもなお眠ろうとする水谷。男だ。
「ははっ」
 大音量で起こされたわりにはのんびりした雰囲気で始まった合宿2日目の朝。
「ちょうどいいじゃん。明日っからラジオ体操で起きようぜ」
「ついでに本物のラジオ体操しようよ。台所にラジオあったよ。何か合宿っぽくて良くない?」
 そんな提案をしたのは意外にも沖や巣山だった。
 そしてもっと意外だったのは、他のメンバーがその提案に異を唱えなかったこと。
(………。意外とノリがいい)
 他にも銭湯で泳いだり水かけあったり微妙に隣をのぞこうと頑張ってみたり。
 毎日目一杯野球ができる幸せを身に染みて感じつつ、実は野球以外も楽しかった。
(コーコーセーが野球するってこんな感じなんだ)
 中学ではずっとシニアに行っていたせいか、それは不思議な感覚だった。



 どうせ野球をするなら楽しい方がいい。その点でこのチームは合格だ。
(何せ全部手作りだもんな)
 合宿の日程すら何一つ前例はない。おおまかな練習メニューは監督が決めるにしても、すべてを自分たちで考えていいというのは大変な反面、とてもおもしろいことだった。
 野球という競技が点を取って守るというルールが設定されている以上は勝たなきゃおもしろくないけど、ぎすぎすした雰囲気では楽しくない。
(皆おもろいし、いいヤツラじゃん)
 三橋は声をかけられるたびにいちいち驚いていたけど、他が投手に声をかけるなんて当たり前のことだ。でも監督やチームメイトの言葉を受けて素直に仲間のために勝ちを目指せるヤツラはそんなにいない。
 普通は自分が上に行くのに一生懸命だから。
 野球以外には興味のないヤツラを今までに何人だって見てきた。その中に混じってひたすら上を目指して凌ぎを削ってきた。そんなヤツラが集まって出来たチームは確かにとても強いチームだったろうけど。
 野球と野球以外とどちらにも熱くなれるヤツラと、それで選んで野球をできるとしたら。
 そんなヤツラと甲子園を目指すとしたら?
(絶対甲子園に行ける)
 西浦に進学すると決めたとき、スカウトしてくれた人にはそりゃあもう散々に言われた。
 でも西浦に入ったからって甲子園をあきらめたのとは違う。
 名門に入ったって甲子園に必ず行けるとは誰にも保障はできないし。
 西浦での3年間はきっと無駄にはならない。今はまだまとまらない荒削りなチームだけど、コイツラはきっとそれを証明してくれるだろう。
(俺は選んで西浦に来た。それでいい)