|
過ぎ去った若かりし頃
1回戦で昨年の優勝校を破って以来快進撃を続ける新設部に、校内でも否応なしに応援ムードが高まっていた。 西浦野球部にとってベスト16に残れるか残れないかの4回戦、ついに手の空いている者はほぼ強制的に球場へと足を運ぶ流れとなった。
「………」
(……こんなに人が集まるのか。思っていたよりも多い)
次から次へと流れ落ちる汗を拭いながら、あまりの暑さと人の群れに少しだけうんざりしながら空を見上げる。
人が増えればそれなりに混乱も生じるが、校長は簡単に動くこともできない。その名代として教頭である自分が出向いていた。
(風がある分、全校集会の体育館よりはましだろう)
「きょーとーせんせー、こんにちはー」
「こんにちはですー」
「はい、こんにちは」
球場前に集まった生徒と挨拶を交わす様子を見ていたか、その後野球部の父兄から声をかけられた。
「テレビ出てくれるんですってね!よろしくお願いしますね!」
「ええもう、私にできることでしたら」
教師がテレビに出ることなど滅多にない。この暑い中球場まで出張ってきたかいもそこにあるだろう。多少浮ついた気持ちがあることも否めないが、ゲストとして呼ばれる以上今日の試合もしっかり見ておく必要があった。
仕事の一環としてやってきた応援だったが、そのまま流れで応援団長として紹介された浜田には、素直に驚いた。
「先生!来てくれたんスか!!」
記憶にある去年の浜田はこれほどまでに明るい表情はしてはいなかった気がする。出席日数が足りずに留年が決まるか決まらないかの瀬戸際、浜田は補習を断って自ら留年を決めた。
補習を受けても足りない日数をカバーできるかは微妙な具合だった。担任からその説明を受けた浜田は、どちらともつかないならその期間バイトをして学費を稼いでおくという手に出た。
「暑いから気ィつけてくださいね!コレ応援の説明、良かったら声出しお願いします!」
(自分だって暑そうじゃないか浜田)
「は……浜田こそ、そんな暑そうなカッコして大丈夫か?」
強い日差しの中、長袖を着込んだ方が暑いに決まっている。見せられた気遣いに少しだけ目が潤んでしまった。
「オレら平気っすよ!心配ありがとうございます!」
そう言って笑った浜田を見たその一瞬に、様々な思いが飛来した。
浜田が年度終わりの補習授業を断ったと聞いたと同時に、嫌な想像をした。
(オレはな浜田、お前は卒業までもたんだろう。そう思ったんだよ)
西浦では留年すること生徒自体が10年振りのことであり、西浦に限らなくても留年した後そのまま3年間を無事にやり終える生徒の方が少ない。大体は周囲の視線に負けて遅かれ早かれ学校を去ってしまう。
それでも学期が始まって、浜田は下の学年に混じってきちんと登校していると聞いた。そして今、実際に目の前で応援団長として動く浜田は、なんとも眩しく煌煌しく見えた。
(杞憂だったんだな)
何年教師をやっていても生徒が卒業以外の理由で学校を去る瞬間は慣れない嫌なものだ。だからあらかじめ予想しておくのだ。予想して、いざその場面になっても心揺らされないようにしておく。
端から決め付けては生徒のためにならない。そうわかっていても実際に期待は裏切られることの方が多く、志半ばで学校を去る生徒はそれなりにいた。
「そうか!よし!がんばれ!」
応援団に対して頑張れとは後から考えるとおかしな物言いだったが、気づいたら思わず浜田の体に手をかけていた。礼をして去る背中にこらえ切れず声を発した。
「オレも応援するぞ!がんばれよ浜田ー!」
「よろしくっすー!」
援団仲間の元へ走り去る背中はとても頼もしく、浜田がしっかり学校に馴染んでいるのが目に見えてわかった。
「なんか泣いてます?」
「油断してるとね、若者はすぐ人泣かすんですよ!」
笑ったが、心からそう思った。
「浜田も頑張ってるようですなぁ」
傍らに立つ部員の母に話しかけてみれば、そりゃあもちろん、と大きく頷かれた。
「そーなんです、なんたって野球部は10人しかいないでしょう?人数の足りない練習の世話も焼いてくれますし、皆大助かりなんですよー」
「そうですか」
再び目頭が熱くなるのを感じる。
(すまんかったなぁ、浜田)
若いとは、大人の目線でははかり切れないほどの可能性を秘めているものだ。
嫌な想像をしていた自分が恥ずかしくてたまらなくなる。
「あそこに畳んである横断幕見えます?アレ、浜ちゃんの作なんですよ!」
「アレがですか?」
「近くで見るとさすがに“手作りだな”ってわかるんですけど、立派な横断幕じゃありませんか?」
「全くです。そういえば初戦のときにも応援をかなりの人数集めたとか聞きましたが」
「ホントに。前歴も何もない部活の応援に、200人近くも集まったもんですよー」
「200人もですか、そりゃすごいもんだ」
「そうやって応援してもらえるあの子らも、幸せですよ」
「今日もきっと勝ってくれますよ、そのためにも頑張って応援しましょう」
「そーですね、教頭センセ」
先ほど浜田に手渡された紙を見てみると、それには応援歌の歌詞や選手の名前を入れるポイントなどが詳しく書かれていた。
(浜田、しっかりやれよ)
球場の中へ向かうためにようやく動き出した人の列に沿って歩きながら、心からそう祈った。
|