正月の恒例行事といえば




「おめっとさーん」
「今年もよろしくな」
「あけおめ〜」
「ことよろ〜」
「お前らなぁ。1年にこの時期しか言わねーんだから略すな!」
 部員同士初詣に行ったので新年のあいさつはすでに交わしているが、これはこの時期の「おはよう」のようなものだ。
 特に今日は新年最初の練習日だから出会う人間出会う人間、慶びのあいさつが途切れることはない。
「今日何すんの、花井知ってる?」
「さあ。オレも知らねー」
「なんだその服。だっせー」
「お前に言われたくねーな。仕方ないだろ、カントク指示なんだから」
 新年初の練習にしては、全員決まらない格好ばかりだ。だぼだぼのパーカーに色あせたセーター、それに穴の開いたジャージを着ている人間もいる。それもこれも、すべては年末の監督指示によるものだ。
「新年最初の練習は、そのまま捨ててもいいようなぼろい服か、黒い服を着てきてね!」
 不思議には思いつつも、訳を聞いても監督は笑うばかりで教えてはくれなかった。

 荷物を隅に片付けてなんとはなし、ベンチ前に輪になる。話題は初詣で引いたおみくじの話やお年玉のことばかり。大凶を引いたけど逆に珍しいから良かったなんていうポジティブ野郎がいたり、ゲームを買ってすでにもらったお年玉を使い切ったツワモノがいたり。
 一通り新年の挨拶と今年の抱負を発表し終えると、部員に指示を与えて監督は志賀とともに車に乗ってどこかへ行ってしまった。
「ストレッチはいつもより念入りにしてね。それから軽くキャッチボールもして肩をならして」
 いつもの練習着と違うせいか、グラウンドにいることにこんなに所在無さを感じることもない。でもストレッチを始めてしまえば着ている服がおかしいこと以外はすっかりいつも通り。いつの間にかまだ正月だという気も薄れてくる。


 しばらくして帰ってきた監督と志賀はベンチ前に抱えてきた荷物を広げ始めた。
 どっさり並べられたバトミントン用のラケットとシャトルはどうやら体育館から拝借してきたものらしいが、第2グラウンドまで運んでくるにはさぞかし骨がおれたことだろう。
「今日バトミントンっすか?」
「グラウンドでやるんすか?体育館じゃなくて?」
「………。ストレッチ終わってないんじゃないの?キャッチボールもまだみたいだし、終わってない人間は戻ってこなくてよろしい!」
 物珍しそうにわらわらとベンチ前に集まってきた部員は邪魔といわんばかりに追い返されてしまった。


「集合―!」
 適度に体がほぐれた頃ようやく監督のお呼びがかかり、待ってましたとばかりに集合する。
「もうわかっただろうけど、今日のメニューはバトミントンよ!」
「ココでするんすか?」
「そう、ここでするのよ。年末年始どうせほとんど何もしてないでしょう?なまった体、しっかりたたき直してよね!」
 高らかに宣言して、監督はまるで時代劇のようにふざけて手をたたく。悪巧みが終わったあとに芸妓を呼ぶ庄屋の様子にそっくりだ。
「ささ千代ちゃん、例のモノを!」
「ははーっ」
 これまたふざけた篠岡がうやうやしく黒いコップを差し出した。
「?」
「黒いコップ?」
 覗き込んでみると、それはガラスのコップに黒い水が入っているだけだとわかる。
「あー、コレ墨だ!」
 軽く臭いをかいだ田島が声を上げる。
「墨??」
「当ったりー」
「でもカントク、なんで墨なんか用意したんですか?書初め?」
「書初めするなら教室に集まってもらうわよ。今日の部活最初のメニューはバトミントンよ」
「それはさっき聞きました。じゃなくて、ナニすんですか?」
「バトミントンになんで墨がいるんすか?」
「しかもグラウンドじゃバトミントン用のコートもないし」
「屋外だとシャトルが風にあおられますよ」
 新年早々口うるさい部員たちを、監督は軽く手をあげて黙らせる。
「よくお正月番組で見るでしょ?負けたら顔に○やら×やら書くゲーム。あなたたちも小さい頃やらなかった?」
『羽子板!!』
『羽根突き!!』
「どっちも当ったりー」
 監督は篠岡に向かってもう一度手を伸ばした。心得た篠岡が次は筆を数本手渡す。
「さすがに羽子板を人数分は用意できなくてね。バトミントンで代用ってわけ」
 左手に筆、右手に墨を持って監督はそれはそれは楽しそうに笑った。
 「総当りで10分間ずつ試合をしてもらいます。敗者には勝者から落書きのプレゼント。上位3人にはおにぎりの具お正月スペシャルバージョンをプレゼント!」
『おおー!!』
「言っとくけど遊びじゃないからね。すばやくシャトルの下に入ること。それには足を常に動かさないと。それから、打つタイミングの緩急を必ずつけること。これには肩の力の入れ具合も調節しなきゃいけないよ。この2つには必ず注意してちょうだい。相手の動きに常に集中してないとすぐに負けちゃうから気をつけて」
『はい!』
 各々好きなラケットを手に取り、適当に散らばって相手を見つける。
 さあ、新年早々豪華おにぎりを手に入れるのは誰だろう。今日16歳になったばかりの7番レフトかそれとも?
 バトミントンなんて普段やらないから勝利の可能性は誰にでも平等に。総当りのこの勝負、誰が栄光を勝ち取るのか。
 そして何人が顔を真っ黒に染めるだろう。ぼろい服を着て来いと指示して洗顔まで準備している監督の気遣いが心に染みる勝負になりそうだ。