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雪と戯れて(7組)
「オイ、ちょっと先にあったまってから食おーぜ」
「賛成!」
「そうすっか」
ガタガタと余った机を3つ組み合わせていた水谷と阿部も作業を中断してやってくる。
待ちに待った昼休み。この寒さでは暖かい飲み物を手に入れて帰ってくるだけで体は冷えてしまう。7組に戻った頃には、すでにクラスメートはそれぞれ机をくっつけて昼食を取りはじめていた。ゆっくり購買でパンを選んできたからだ。
自販機に投入したいコインさえ掴めないほどかじかんでいた指も、温風に吹かれて少しずつ解凍されていく。
「あったけー」
心底冷え切ったからだがじわじわと温まっていくことほど、幸せを感じられることも少ない。
(オレの幸せって手軽でラッキー)
我ながら、簡単に手に入れられる身近すぎる幸せだ。
体が温まってくると、あまりの寒さに一時期身をひそめていた腹の虫がその存在を主張し始める。
(腹減った。でも離れたくねー)
この時期他の誰よりも人気者のストーブは、休憩時間のたびに周囲にその取り巻きどもを従えている。ただしその人気も昼休みに限ってはその人気を弁当に取られてしまう。まぁそのおかげでこうして今ストーブを独占できているのだが。
「こういうストーブにあたるとさ、こう、餅とか焼きたくなんない?」
腹の虫があまりに騒ぐことに閉口したのか、自然と話題は食事へ移る。
「水谷は食い意地張りすぎだろ」
「えー、だって、絶対ウマイって。花井もそう思うだろ?」
「まあ冬の醍醐味だよな。オレだって教室に餅があったら多分焼いてるぜ」
「このストーブ埃だらけだぞ。キタネェ」
「そこは深く考えんなって」
一人だけ常識人を気取った阿部も、実際ここに餅があれば嬉々として餅焼きに参加しているに違いない。弁当だけで現役高校男子の胃袋を充たすのは容易なことではないから当然だ。
「そうだよ阿部。あんまり余計なこと考えて花井みたいになったらどうすんのさ」
「ならねーよ!」
「はげてねーよ!」
(丸聞こえだっつの)
水谷としては小声で阿部にも注意を促したつもりらしいが、残念ながら人間の耳とは都合の悪いことほどよく聞こえてしまうものだ。
慌てて訂正するが、何度訂正しても水谷はこの頭を神経性ハゲと信じて疑わない。
「好きで坊主にしてるんだって、そろそろ信じろよ」
「信じてるって」
「どうだか」
どこから話が伝わったのか簡単に想像つくが、クラスにも数人神経性ハゲだと信じている人間がいる。
(多分、つか絶対水谷が関係してる)
絶対にハゲではないことをいつか証明して見せると、改めて心に誓う。
「まーまー、落ち着いてよ花井。実際今度餅焼いてみようよ」
「話戻したな。ま、いいけど」
「さすがに餅焼いたら担任がすっ飛んでくるぜ」
阿部が天井を見上げるのに倣って視線を動かすと、ストーブの真上から少しずれた所に火災報知器が設置されているのに気づいた。
「ケムリ反応しそうだな」
「チェ、残念」
餅は黄粉餅がいいだの、生クリームと餡の組み合わせはよく合うだの妄想を膨らませていた水谷の肩が目に見えてがっくり落ちる。
「気分だけでも味合わせてやろうか」
「え、どうやって?」
「こうやって」
カラリ。
「気でも触れたかよ花井。この寒いのに何してんだ」
「花井、寒い」
「早く閉めろ」
「っお前らなぁ」
手を伸ばして雪を一掴みほど。降りたての新雪に、せっかく暖まった指先がまた冷えていく。
ストーブの上にかざすと、雪はあっけなく水になって滴り落ちる。
「………。花井、何してんの?」
「まさか、蒸発する音が餅焼く音に似てるって言いたいわけ?」
「そっくりだろ?オレ小学生の頃毎時間やってたぜ」
小学生の頃はよく髪の毛をストーブで焼いては怒られていた。雨の日にはストーブの周りにソックスが何足も干してあったのも懐かしい。
「あーあー。期待してソンした」
「だな、昼飯食うか」
「うん」
「オイお前ら!」
あっという間に興味を失って、水谷も阿部も机に座って弁当を広げ始める。
「なあ花井、なんかコゲくさくない?」
「は?あ、やべ!」
ふと見ると、雪を落とした部分に糸くずが落ちている。どうやら雪をすくったときに袖口にサッシのゴミがついてしまい、雪と一緒に落ちたらしかった。
髪の毛を一本焼いただけでも強烈な臭いがするものだから、落ちたそれが糸くずだったとしても何の慰めにもならない。
「花井、上の窓開けとけよ」
阿部が自身の座る席の上を指差す。
「阿部の方が近いだろ」
「だってオレじゃとどかねーし」
「届くだろ?」
「いいじゃん花井、花井がちょうど立ってるんだしさ。」
「そうそう。立ってるものはキャプテンでも使えっていうだろ」
(?そんなことわざだったか?)
「花井が雪落としたのがいけないんだし」
あんまりな言い草にさすがに腹が立つ。
「お前が餅餅騒いだからだろ!?」
「ごめんて花井」
「いいからそろそろ食おーぜ。花井もさっさと窓あけて座れよ」
「………」
(なんだこの仕打ちは!)
人がせっかく餅の気分だけでも味合わせてやろうとしていたのに、何と非道な仕打ちだろうか。
「さすがに昼になって空気もワリいしな。ついでに換気用にもう一箇所あけときゃいーだろ」
「………。糸くずのは仕方ないにしても、なんでその換気のための窓もオレがあけなきゃなんねーんだ?阿部」
お前も立って手を伸ばせ。
言外にそう圧力を込めてみても、阿部はどこ吹く風だ。
「そりゃ花井だからな」
「意味わかんねー」
「オレわかるよ!だって花井だし」
「意味わかんねーって!」
教室はあたたかくて居心地が良い。でもたまにはちゃんと空気の入れ替えをしなくては。
風邪をひかないためにも対角線上の天窓を常にあけて置いた方が良いのも事実。
「さあ花井、オレらの体のためにヨロシク!」
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