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人生初ゲーム
「じゃあ、問3を阿部、頼む」
体中がギシギシミシミシと悲鳴をあげているのがわかる。
動きたくないよ〜。じっとしていようよ〜。これ以上負担かけないでよ〜。
悲鳴をあげたいのは自分のほうなのに。
動くことすらままならない体でこれから黒板に数学の答えを書き込まなければならないのだ。
(こんな日に限って……!)
今この時間この場所で、彼以上に痛みをこらえている人間が他にいるだろうか、いやそんな人間いはしない。
ああ、痛い。
いつもと違ってのろのろと椅子から立ち上がる姿に教師が不信の目を向けている。
(仕方ねぇ。動けないんだから)
ちらりと目の端を花井の顔がかすめる。彼はひどく気の毒そうな顔を自分に向けていた。
その視線を跳ね返すように苛立ちも含めてジロリと睨む。
じっと座っているだけでもツライのに、この教師はなんて理不尽なことをさせようというのか。
当てられたがっている人間は他にもいるのだ。そいつらを指名してやればすべてが丸く収まるというのに。
震える手でなんとか答えを書き終えて席まで戻る。
(くそぉ…っ)
この痛みから逃げる方法は1つ。しかし今が授業中だということを考慮すると、堂々と眠るのはいかがなものかと思われる。耐える以外の手段はないのだ。
(覚えてろよ)
この痛みのそもそもの発端は昨日雨が降ったことだ。だが天気に文句を言っても仕方がないので、その矛先は別に向かう。
急に降り出したせいで昨日の放課後練習は校舎の中で基礎練習&筋トレとなった。
そこで提案された新・筋トレ法が9組考案の「ウノ筋」だった。
「休み時間に遊んでて考えたんだ。特別ルール」
『ウノ筋?』
「そう、ウノ筋!大勢でやった方が絶対オモシロイって。燃えるぜ〜。引いた分だけすんの。色によって分けてさ、腕立てだろ、スクワットだろ、腹筋に背筋!」
田島が身振り手振りを交えて説明するが、その説明はいまいち要領を得ない。
「全然わかんねぇ」
通訳しろよ。そう目線で告げると心得た泉が田島の代わりに口を開く。
「ルール自体は普通のウノと変わりない。違うのは引いたカードの色と数字によって筋トレの種類と数が変わるってことだ。英語カードを引いた場合が一番キツイ。それだけだ」
どうだ?そういって泉は不適に笑う。よっぽど9組でやりこんでいて勝つ自信があるのだろうか。
聞けば9組では色によって罰ゲームを設定していたらしい。
基礎練や体作りの必要性は理解しているつもりだが、どうしたって外でボールに触れての練習と比べれば面白味に欠けるのが実際だ。
黙々と筋トレをするよりも楽しんでできるかもしれない。
百枝と志賀にも了承を得て、筋トレはゲーム大会へと変貌した。
マネージャーをこの勝負につき合わせるのはいかがかという意見もあり、彼女はスコア係となった。
ウノなんて修学旅行や遠足のバスの中しかやらない。まずはルールの確認を簡単に行う。
緑は腹筋、青は背筋、黄は腕立て伏せ。赤はスクワット。
数字カードはその回数だけ、英語カードは×15回、50点カードは25回のノルマだ。
最初の7枚の手持ちカードは筋トレには含まれない。山札から引いたカードと、隣の人間の捨てたカードで勝負が決まり、一番負けは校舎周り2周の刑が下る。
こうして始まった勝負は確かに田島の言うとおり白熱した勝負となった。
間に筋トレを挟むため一試合がなかなか終わらないのが難点だが、確かにおもしろい。
誰もが真ん中に積まれた山札と隣の人間の手札に興味津々だ。
最初は余裕もあったが、体力がどんどん削られていくのがわかる。他の人間も似たようなものだろう。
(意外ときついな)
2、3勝負も終えると、隣に位置する人間によって大きく勝敗の左右されるゲームだということがわかった。
「はい、スキップ。悪いな阿部」
「またかよ!」
またはこんな場面もあった。
「ごめん阿部。はいリバース」
「おいてめえいい加減にしろよ!」
スキップによって飛ばされるたび、リバースによってカードを出す機会が減るたび、自分のカードは1枚も減らないのに筋トレをし続ける羽目になる。
そしてカードゲームにはあるまじき連携プレイまで飛び出してきた。
「おい、持ってるか?」
「どれだ?」
「あれだよ、あれ」
「あああれか、俺持ってる」
「よし。じゃあドロー」
「俺もドロー。阿部、2枚分頑張れよ」
「おっまえらなあ……」
そんな時に限って手持ちにドローがなく、仕方なく引いた4枚のカードはすべて数字カード(しかも9×2枚・8×1枚・6×1枚だった)で、英語カードに比べて筋トレの回数は少なくてすむがこれでは隣人を攻撃できない。
(ありえねぇ)
山札から引いた時点で他人の目にさらされるため、どの人間が何のカードを持っているのか一通りは把握できている。その枚数と捨てられたカードを考えれば、自分の知らない最初に持っていた7枚のうち何枚が使用されていないかもわかる。
こんな勝負楽にあがれると思っていたのに。
計画は自分の左右を固めた泉と栄口によってすべて阻まれている。さんざん飛ばされさんざん引かされ引いたカードはクズカード。
(何で俺には使えるカードが回ってこないんだ!)
「ほら阿部、黄色の6だよ。黄色か6出せよ」
「どっちも持ってねえよ!」
手持ち札には緑と青しかない。
「てめえ」
「なんだよ阿部、にらむなって。別にわざと黄色の6を出したわけじゃないし?俺だってこれしか出せないんだから仕方ないよ。さあ引いた引いた」
にっこり笑う栄口が腹立たしい。
(絶対ウソだ。だって青持ってんじゃん)
わざわざ6つながりで色を黄色にする必要などどこにもないはずだ。
「ありえねえ」
ここまでされると、自分があがることよりも少しでも左右の二人に痛い目を見せてやりたいという気持ちの方が強くなる。。
「おい阿部、他人の足引っ張ろうとすんなよ。気にせずさっさとあがっちまえばいいだろ?」
へへん。心を読んだかのように笑う泉がこ憎たらしい。
(見てろ。今にほえ面かかしてやる!)
できればスキップかドローカードが望ましい。意を決して山札から引いたカードはWild。
「マジ使えねえ!」
他のメンバーは楽しそうに笑っているが全然楽しくない。
勝負は白熱して気分は高揚するし、適度な筋トレはそれなりに体作りにもなるだろう。隣に座っているのがこの二人でなければ。
夏体のときには花井をさんざんからかったけれど、自分がこんなにも引きが弱い人間だとは知らなかった。
「さ、阿部。腕立て伏せ6+25回。ガンバ」
「やればいいんだろやれば!」
(こうなりゃヤケクソだ。何回だって受けて立つ!)
見事な決意を固めてそれからの勝負に臨んだが、誰もが席替えを嫌がったため結局そのままの順番でもう2勝負を戦い抜いた。
誰もが熱くなり過ぎていて、歯止めをかけることを忘れている。
自分としてもいつまでも負けてはいられない。
多少の復讐にも出たが、2対1の状態では左右どちらにも思うような攻撃を仕掛けることはできなかった。2人分の攻撃カードをそろえるほどの枚数を持てばうっかり最下位にもなりかねない。
結果最下位ではなかったものの、筋トレだけなら誰にも負けないくらいの数を、文句を言いつつもすべてこなしてしまった自分は部員より賞賛の拍手を受け、ジュースや肉まんをおごってもらったりもした。
所詮はゲーム最中のことであるので、泉や栄口にどうと思うこともない。
「悪かったな阿部、お疲れさん」
「別にいいよ。盛り上がったみたいだしな」
恨み言のひとつも言わずに2人を許した自分は我ながら大人であると感じていた。
しかしあっさり許した自分を後悔したのは、朝目覚めてからだった。
(………)
目が覚めた瞬間から体中が悲鳴をあげている。指先を動かすだけでも相当な痛みだ。
(こんなんで部活ができるかよ)
雨のせいで運良く朝練がなかったのがせめてもの救いだ。
筋肉に急激な負荷をかけたことはわかっていたので時間をかけてストレッチもしたし、風呂だって長めに入った。
筋肉痛は来るだろうと予感してはいたが、まさかこれほどとは。
「筋肉痛が痛い〜」
どう考えても自分ほどには痛くないはずの水谷の言葉に腹が立つ。
「筋肉痛で痛い、だろ?もしくは筋肉が痛い、とか。文法違うぞ」
花井の言葉にもますます腹が立つ。
(冷静に突っ込んでんじゃねぇよ!)
きっともう2、3日はこの痛みが続くのだろうと思うと気が遠くなる。
その後「ウノ筋」は噂を聞きつけた他の運動部にも派生し学校中でブームになったが、野球部で行われることは二度となかった。
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