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授業にまつわるあれこれ
本日最初の授業:現代社会
社会科の教師は少し変わっている。いや、それはそれでありがたいのだけど珍しいことには違いない。
それは授業の際にいろいろな機材を使うこと。機材はときに昔なつかしのOHPであったり、大きな地球儀や白地図であったり(この辺は普通かもしれないが)、パソコンにプロジェクターをつないでの授業だったりする。
教科書と板書だけの授業はとかくつまらないものなので、この教師の授業は目新しさがあって生徒には好評だ。ある一部を除いては。
この教師は片づけを生徒にさせる。持ってくるのは自分で持ってきて準備するので、教師自身で持って帰れないことはない。それなのに
「機材の扱い方を覚えるのも勉強だ」
なんて言って気分で生徒を選んでは、OHPの片付け方やプロジェクターとパソコンを分離させる手順を細かく教えてくる。
(いや、そりゃそーゆーのも大事なのはわかってるけどさ)
授業終了後の休み時間を目一杯使って説明するので当てられてしまった生徒にはすこぶる評判が悪いのだ。休憩時間はゆっくり休むためにあるし、小テストの出題範囲を隣のクラスに聞きに行ってトイレにだって行かなきゃならない。
「え〜、じゃあ今日は……」
(ほら来た)
教師の言葉と同時にクラス中が一斉に目を伏せる。うっかり目が合って指名されてはかなわない。
「近頃誰も顔をあげてくれなくなったなぁ」
(誰のせいだ誰の)
「しょうがない、じゃあ今日は阿部・水谷に頼むとするか」
『え』
「お前ら、まん中に座ってるから目立つよな。野球部毎日頑張ってるし先生も応援してるぞ」
(毎日頑張ってるからって?じゃあ休ませてやれよ。意味わかんね)
教卓のまん前に座りはじめたのはおとといの話。7組では毎月1日にアミダくじで席替えが行われる。
どのクラスにも俗に四天王と呼ばれる教卓前の4つの席がある。今月の席替えで水谷と阿部が2人して隣同士の四天王を引き当てたときはお互い苦笑いだった。
(うわー、2人ともかわいそ)
「野球部なら1人でも持てるだろうが、一応2人で頼むな」
そう告げられて今日の授業は終わった。
「水谷、お前行けよ」
「なんでオレに押し付けるのさ阿部。阿部が行けばいいじゃん」
「ヤだよ。お前行ってこい」
「なんでさ。阿部が行っておいでよ」
お互い押し付けあって埒が明かない。
「2人で行けばイイだろ!?」
見かねてそう口を出しても1人で可能なことを2人でやる気にはならないらしく、もちろんどちらもその1人にはなりたくないようで。
「あーもー、ジャンケンしろよジャンケン。平等に決めちまえ!」
「よぉし、ジャンケンなら負けないし」
「言ったな?オレだって水谷に負ける気はしねぇよ」
阿部は自信満々だ。その気持ちもわかる。
(阿部のやつやる気だな)
ジャンケンには勝利の法則が存在することはあまり知られていない。以前テレビでやっていたのだが、相手にプレッシャーをかけつつ自分が主導権を取ると、相手はその勢いに押されてグーを出す可能性が非常に高くなるらしい。テレビではお笑い芸人が実際に試していたがその裏ワザを使うとかなりの確率で勝っていた。その話を以前阿部としたことがあったがそのとき水谷は1組に遊びに行っていていなかった。水谷には悪いが、さっさと決めてくれた方が静かになって良い。
「ぜってぇマケネェ」
気合を入れて軽くにらまれた水谷が少しおびえた表情をする。
そして阿部はとどめの言葉を宣言する。
「絶対オレが勝つ」
「オレ、だって負けないし……」
狙い通り水谷は弱気だ。これでグーを出すに違いない。阿部の勝利は決まったようなものだろう。
「出っさなっきゃ負っけよ、最初はグー、ジャンケン……」
「ホイ」
「………」
「やった勝った!阿部の負け!」
(なんでだ!?)
「何でお前チョキ出してんだよ!」
水谷が出したのはチョキ。もちろん阿部は水谷がグーを出すことを考えてパー。
「阿部さぁ、前やってたジャンケン必勝のテレビ観た?」
「は!?お前も観てたのかよ!」
「うん観た。だから阿部はオレがグー出すんじゃないかと思ったんじゃない?」
「……思った」
「だからその裏をかいてチョキ出してみた」
「はぁ?水谷のくせに!」
「くせにってヒドくない?花井ー、阿部がいじめるよー」
水谷は大げさに歎くがその表情は明るい。
「ああ、よしよし」
とりあえず慰めてはみたものの、はたしてこの場合慰めるべきは水谷か阿部かどちらだろう?
本日4時間目の授業:体育
「今日の体育何だって?」
「さぁ?バスケかバレーじゃないの。ソフトはもう終わったみたいだし」
「じゃあ体育館だな」
中の日なのに勘違いして外に出てしまうと靴を履き替える時間のロスが痛い。
(中か……)
「中ならまた鬼ごっこやんのかな」
「おお、すんじゃね?」
「阿部、オレ今日は負けないからな!」
「お前がオレに勝てた試しがあるかよ」
中の日の体育では準備運動の一環としてオニごっこをする。それは時に手つなぎオニだったり(実は男同士手をつなぐのが嫌だと不評を買っている)氷オニだったり(もちろん野球部のようにジャングルジムは使わず地面でやる)する。
どちらがより最後まで生き残れるか。弁当のおかずをひとつ懸けて阿部と水谷はよく勝負している。
いや、そういうと語弊があるかもしれない。勝負しているというか勝手に勝負になっているという方が正しい。2人ともクラスでは体力もダッシュ力もある方だから、かなりの確率で最後まで生き残っていることが多いだけだ。オニに捕まったらそのまま永遠にオニのまま。オニは増えるが減りはしない。生き残れば生き残るほど厳しい勝負を挑まれる。
「前々回はオレの勝ちだったじゃん!」
「前回はオレの方が長く生き残ってたからな」
「どっちでもいいよ、頑張れ」
廊下を歩きながら声をかけると2人は同時に振り返る。
『花井もたまには本気だせよ』
見事なユニゾンだ。
(こんなときは意外と息ピッタリなんだよなー)
「オレはいいよ」
目的は勝つことじゃなくて体をほぐすことであって、適当なところで捕まっても怒られはしない。それにできれば必要以上に体力を使うことはごめんこうむりたい。
水谷は何でも楽しんでしまうタイプだし、阿部はめんどくさがりに見えて競われると熱くなりやすい。
さあ、今日はどちらが勝つだろう。
「水谷、テメーがこっちくっから!」
「阿部があそこにいたのが悪いんデショ!?」
『お前が悪い!!』
4限目の体育を終えた昼休み。7組では不毛な戦いがまだ繰り広げられていた。
(どっちもどっちなんじゃねぇの?)
昼の弁当くらいおいしく食べたいのに、この言い争いの中に身を置いていては絶対に消化に悪いに決まってる。はっきりいって非常にうるさい。
「もーいいだろ。お前ら今日は2人して負けたんだから」
「だって阿部が変なトコにいるから!」
「てんめぇ、お前がこっちくっからオレがとばっちりくらって捕まったんじゃねぇか。つーワケでコロッケ一個寄こせよな」
「何で!逃げ回ってたらたまたま鉢合わせしただけだし。しかも阿部があそこにいたからオレまで逃げらんなくなっちゃってさ。だから阿部のハンバーグちょうだい」
「ヤダ」
「じゃあオレもヤダ」
「あーもー。2人で交換でもしたらいいんじゃねぇの?」
通訳すると、いつものようにお互い憎まれ口をたたきながらもオニから逃げ回っていたが、水谷がオニに追われて走りこんだ先に阿部がいて、さらには阿部の後ろにも別のオニが迫っていて、お互いがそれぞれのオニから逃げられなくなっただけの話である。
(こーいうのを五十歩百歩っていうんだったかな。や、ちょっと違うか?)
とにかく、本日2つ目の勝負は引き分け。
本日最後の授業:数学
「阿部、黒板書かなくていいのか?」
「?何で?」
「何でって……」
(気づいてないのか?)
もうすぐ6限が始まろうかというのに机から動こうとしない阿部に声をかけたら予想外の答えが返ってきて、トイレから帰ってきた水谷と思わず顔を見合わせる。
「お前の列今日当た……」
る日じゃん。全部言わなくても理解したようで、阿部の顔色が変わる。
「しまった、席替えしたんだった!」
その通り。7組担当の数学教員は日付によって当たる列を決めている。今日は3日なので廊下から3列目、つまり阿部の列が当たる日だ。教師が来るまでに黒板に宿題の解答を書き込んでおかなければならない。
席替えしたせいでどうやら忘れていたようだ。
(かわいそー)
この数学教師は宿題に厳しい。
「やべぇ、やってねぇし。花井やってる?」
「やってない」
阿部に協力してやりたいのは山々だが、当たっていない宿題をやるほどの余力は残されていないのが実情だ。
「今から解いても間に合わねーな。他のヤツ聞いてみっか」
机から立ち上がりかける阿部に、水谷が情けなさげな声をかける。
「何で阿部はオレには聞かないの?」
「だってお前宿題しねーだろ?」
「オレだってしてるよ!」
「マジで!?」
「水谷が!?」
「2人ともひどすぎ……」
「ワリ。つかやってんならさっさと見せろ」
ほら早く。ふんぞり返って手を出す阿部に水谷は複雑そうに黙ってノートを差し出す。
「なんだかなー。阿部、オレのおかげだよ?」
水谷の言葉を聞き流して阿部は黒板に向かう。
その様子を見ると、水谷がそう言う気持ちもわからなくはない。
「考えてみれば阿部って今日はオレに負けっぱなしだよね!」
何かを思いついたようないたずらっ子の表情をしている水谷。
(ああ、水谷のヤツまた余計なことを……)
「特に宿題はさぁ。阿部、オレに感謝してよね」
「体育のは引き分けだっつってんだろ!」
そしてわざと阿部に聞こえるような声。
「ねえ花井、阿部ってばオレに対する尊敬の念が足りないと思うんだけど、どう?」
「いやー、同意を求められてもちょっと」
(オレにどう答えろと?)
そこで阿部がもう一度こちらを振り返って叫ぶ。
「水谷、お前、これで勝ったと思うなよ!」
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