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4:本格的な練習の前に
とある作家の言葉を借りるなら、夏は成長の季節である。一ヶ月にも及ぶ夏休みとはもっと浮わついていてもいいはずで、人によってはひと夏の恋を楽しんでいたっておかしくはない。
野球部はまだ青春真っ盛りなお年ごろのはずだけど、色恋沙汰とは無縁だけどそれなりに濃密な夏休みを乗り切って、いまだ暑い二学期をやっと迎えた。
地球温暖化のせいで年々暑さが増しているらしい。これで9月なのだから信じられない。
学校はいよいよ迫ってきた学校祭に向けて、あちこちが動き始めた頃。
野球部も夏休み登校日から本格的にソーラン節の練習を始めた。が、練習ははっきりいってうまくいっていない。
金一封目指すと決めたものの、学校祭まではまだ1ヶ月以上ある。切羽詰っていない現段階では練習に身が入るわけはなく、野球の練習に比べればどうしたって気が向かない。積極性に関しては主将も平部員も皆似たようなものだ。
野球部の場合、自分たちがやらなければ誰もやってはくれないことを知っているからまだいい方かもしれない。一方のラグビー部は野球部に比べて人数が少し多いせいもあるだろうが、誰かがやってくれるという気持ちは抜けず中心になる数名を除いては非協力的なのが見て取れる。それでも先輩命令なので仕方なく従っているといった辺りか。
「なぁ水谷、野球部はどこまで進んだ?」
水谷は同じ7組のラグビー部員と弁当をつつきながらMDから流れる曲に耳を傾けている。
ただ踊るだけでは見ている方もつまらないだろう。野球部だけが踊る部分。ラグビー部だけの部分。全員の部分。もしくは選抜の部分。最後の決めにオリジナルの踊りを加えてはどうか。照明も音響も希望を出せば自由に使えるようだから、どうせならいろいろやってみたい。
でも考えれば考えるほど凝りだせばきりがないこともわかってきた。
「オレらも今日で3回目だしあんま進んでないよ。今日だって最初に復習しなきゃ皆先週やったとこなんか忘れてるだろうし」
「うちも似たような感じ。なかなか進まねぇ」
他の仕事で忙しい主将たちが四苦八苦しているのを見かねて、水谷が7組のラグビー部員と協力して移動や練習メニューを考えている。しばらくは各部活で共通している部分をそれぞれの部活で完璧にする予定だ。
「オレもうだいたい踊れるようになったんだけど、結局は繰り返しが多いよ。そこがマスターできれば大部分が踊れるようになる。と思う。そしたら皆そこそこオモシロクなる」
そう断言して、水谷は大きく息を吐いた。
「はずなんだけどなー」
「上手くいかねぇか?」
「うん」
弁当に入っていたミニトマトを行儀悪く箸で転がす。
「そこは仕方ねぇよ。おもしろいと思えるようになるまで騙し騙しやってくしかないんだよなー」
「できるようになるまでは何でもつまんないもんな」
「野球もそうか?」
「そりゃそうだよ。打てなきゃ悔しいし取れなきゃ情けない。エラーなんかしたら恥ずかしくってどうしようもないよ。でもラグビーもだろ?」
「まな。息合わせなきゃ難しいよ」
「しかもエラーしたら阿部恐いし……」
三星戦のエラーに対する阿部の態度を思い出したのか、水谷が薄ら寒そうな表情を浮かべる。
「へー、阿部って恐いのか?クラスではそーでもないよな。花井は?」
「花井は頑張ってるよ。本人絶対言わないけど、部長会議とかけっこうプレッシャーなんじゃない?オレだったら3年の部長の中に混じりたくないよ」
「運動部の3年は引退したから半分はもう2年だけどな。でもどっちにしたって上ばっかりか。花井も苦労してんだなー」
「だから出来ることはちょろっと肩代わりしてやろうと思ってさ。これ以上ハゲても困るし」
「え゛」
ゲホゲホッ。
紙パックのお茶をストローですすっていたラグビー少年は、危うく口に含んだお茶を吹き出しそうになってかろうじて飲み込む。でも飲み込み損ねたお茶が器官に入って苦しそうだ。
ゴホッゴホッ。
「え、花井ってハゲなの?」
呼吸を整えて、別の友人と弁当を食べる花井の背中をチラリと見やる。
「あー、んー、はっきりとは言い難い?」
「オレてっきり坊主にしてるんだと思い込んでたけど」
声のトーンを全く変えない彼に水谷が待ったをかける。
「しー、声でかいよ!聞かれたらかわいそーじゃん?そこは触れないでやって」
「今は野球部だからって別に坊主は強制されねーんだろ?水谷だって長めの髪だし。それなのに坊主にしてるってことはスゲー野球に対して真剣なヤツなんだって思ってたんだよ、オレ」
「オレだってちゃんと聞いたことないよ。でもよくタオルとか頭に巻いてるだろ?ってことは見られたくないんじゃないかと・・・・・」
「あー、なるほどな。そうか、好きで坊主にしてるんじゃないって可能性もあるのか」
弁当をほぼ食べ終えて机の上にはメモ用のルーズリーフまで用意されているのに、いつまでたってもソーラン節の話が始まる気配はない。2人して神妙な面持ちで考え込んでいる。
「髪にいいのって、ワカメだっけ?」
「ん〜、ワカメで髪が黒くなるとは聞いたことあるけど・・・・・」
「あ、そういやオレのじいちゃんの育毛剤はミカンが使ってある!」
しばし悩んだ末名案が浮かんだ2人は大喜び。
「へー、ミカンか。じゃあ今度花井にミカン食わせようぜ!」
「そうしよ。とりあえずオレンジでも何でもいいんじゃないの」
「ミカンもオレンジも似たようなもんだ。柑橘系食わせりゃ効くかもしんねーな」
真っ白だった手元のルーズリーフに書かれたのは花井の名前とワカメとミカンと育毛剤。
ふと我に返ると悲しくもなる。
「クラスではそんな素振り見えなかったけど、苦労してんだな。オレも代表のために学校祭ガンバロ」
「9組の、泉と同中のヤツ?」
「あいつも今苦労してんだ。ラグビー部あんまり協力的じゃねーし、しかもあからさまに態度に出すんだぜ。部活のときは普通なのに」
「うわ、それめんどい」
「見てて可哀相になるよ。まぁ先輩命令だから学校祭近づいたらちゃんとやるだろーけど、今はまだちょっとな」
「この年でハゲるって相当つらいよ」
「それマジせつねぇよ。」
時計の針はちょうど予鈴が鳴る時間。次は移動教室だから、チャイムを合図にクラスの人間が動き始める。
今日の小さな会議の成果といえば、花井のハゲ疑惑が確信に変わったことだけ。
場所移動や照明の話は今度。
ちなみに花井よりも比較的水谷たちに近い場所で弁当を食べていた阿部には、うっすら2人の会話が聞こえていた。阿部は花井がハゲではないことを知っていたが、彼は花井に何も告げずさらに水谷たちにも何も訂正をせず、必死で笑いをこらえていただけ。
そして練習後のコンビニでは行くたびに勘違い少年の片割れから、ミカン味のジュースやアイスを散々勧められて不思議がる花井の姿が。
教室ではもう片方の少年からコオリミカンをデザートに提供されて目を白黒させる花井の姿が見られた。
そしてさらに、珍しいほどに笑う阿部の姿が見られるようになった。でもそれはまた別の話。
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