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5:怒られた理由
学校祭までついに2週間を切った。本腰入れなければ間に合わないとわかってきたのか、野球部もラグビー部もようやく練習に熱が入り始めた。つい2週間前の様子が信じられないほどに、前回の練習の進み具合は目を見張るほどだった。
「この調子なら間に合うな」
「だね」
ソーラン節の企画・進行を一手に引き受けることになった、花井のハゲ疑惑を信じ込んだままの純朴少年2人はほっと胸をなでおろす。
今日の昼休みも2人は弁当を食べながら試行錯誤を重ねていた。
「照明はもういいよな。あんまりいじると練習の方が大変だ。リハの時間がそうたっぷりあるわけじゃねーから」
「曲の編集もあんなもんでいい?」
「いいんじゃね?最後に挨拶する時間だってちゃんとあるし」
「じゃあやっぱり最後の課題は」
「決めの部分だな」
よさこい然り、どじょうすく然り。伝統的な踊りは、おおまかな流れはだいたい決まっているものだ。ソーラン節も例に漏れず、曲のどの部分でどう踊るべきなのか、その流れはどの団体が踊っても同じになるはず。しかしネットで探し当てた動画を見ていると、最後の決めポーズに関しては各団体の裁量によって大きな違いがあるようだ。
「ピラミッド作ったグループがあっただろ。そいから肩車だっけ?上に乗ったのが1回転して降りてきたグループもあったよな」
「もしくは普通にその場で手を上に向けて止まるか」
「それだとちょっと普通すぎるよな」
「じゃあピラミッド作る?」
「オレすっげぇ1回転がカッコよく見えた」
「オレもカッコイイと思ったけど、誰がその役すんの?」
『………』
ラグビー部の面々は一様に体格がいい。対して野球部は小柄な人間も多い。上に乗る人間は自ずと限られてくる。
「田島なら簡単だとは思う。しかも喜んでやりそう」
「水谷は?お前だってできっだろ?」
「オレやだこわいし。アレ結構危ないワザだと思うよ」
「じゃあ1回転じゃなくて倒立前転は?」
「違うよ、倒立前転は倒立して前回りするやつじゃん。お前の言ってんのはあれだろ、名前わかんないけど跳んで手ついて背中とかつけずに足から着地するヤツでしょ?」
「そうそれ」
「それならできる。かも?野球部にも出来るやつはいると思うよ」
「じゃあさ、1人だけじゃなくて何人かで交互にやるとか」
「左右から一人ずつ出てくるとかいいかも」
「じゃあさ、野球部の中でできそうなやつ見繕っといてよ」
「えーオレらだけ?ラグビー部は?」
「こっちでも聞いてみっけど、オレらのガタイじゃなー」
「まーそれもそうか……」
話し合いは雑談で終わってしまうことも何度かあったが、部員だけでなくさすがに2人もさらに気合が入ってきたようだ。決めることはどんどんと決まっていき、いよいよ大詰め。
「というわけで。皆どう?」
倒立前転くらい体育の時間に女子でもやる。昼休みに話題になっていた技は具体的には前方倒立回転跳びという大層な名前がついているらしいが、男子なら簡単にこなせる人間も多い。ただ、マットのない状態で着地したときにドスンなんて音がしたらカッコ悪いから、誰がその役を引き受けるかは選ばなくてはいけないだろう。
「ダイナミックに決めよーぜ!」
と盛り上がって、早速挑戦が始まった。
グラウンドの隅っこに集まって誰がやるか、どの位置から跳ぶか。実際に跳んでみながら考える。
「手、付かない方がハデでいいんじゃねーの?」
「宙返りか?でも跳ぶのにちょっとタメがいるかんなー。スムーズにできっか?」
「まームズイかも。やっぱ手ェつくか」
「あ、片手にしたらどうだ?」
「へーすげ。そりゃできたらさぞかしダイナミックだろーぜ」
今日は内野部分しか使えない日だったから、ちょうど良いのでソーラン節の練習もすることにした。
監督曰く、ソーラン節をきちんと踊ろうと思ったらそうとうな体力を使うらしい。腰を低くして踊る部分は確かに太ももの筋肉を使っているし、跳ねたり何だと忙しい。
踊りも一通り覚えたから、音楽を流しながら移動の練習もする。
「なー、なんで野球の掛け声は出るのに、ソーラン節は出ねーの?」
「えー、だって。なぁ?」
「なんか出しづらいよなー」
本職の野球に比べてにわか仕込みのソーラン節は、まだまだ照れの気持ちが残っている。いまいち踊りにキレがないのも声が出ないのも、それは仕方ないのかもしれない。きっと本番になればその場の雰囲気も手伝ってちゃんとやってくれると信じている。
水谷もそれ以上はあきらめて、もうちょっと手をピシッと伸ばして!といった簡単なアドバイスに留めている。
花井は一生懸命だけど真っ赤になっているし、栄口のノリがいいのは面白がっているから。唯一三橋の動きが他に比べてまだぎこちないけど、本人はいたって真面目だし、隣で一緒に踊っている泉が上手いから三橋もきっと本番までには何とかなるだろう。篠岡の予想通り、たとえ本場北海道のソーラン節には程遠くても、学校祭の出し物レベルまでなら簡単に到達できるようだ。
「オレやってみよっ!せーのっ!」
「じゃーオレも」
曲に合わせて田島と泉が跳ぶ。
「っと」
体育館のステージの大きさに合わせて地面に線を引いている。そのスペースからはみ出さないように跳ぼうとしたためか、泉が少しだけバランスを崩した。「片手前方倒立回転跳び」はなかなかできる技ではないらしい。
ところが、ちょうど部活にやってきた監督と志賀がその様子を見てすっ飛んできた。
挨拶しようとして部員は息を呑んだ。怒っている。監督の怒りモードはよく見るが、志賀なんていつもの食えない笑顔とは全く違う顔をしていてさすがに珍しい。
「泉君田島君!」
「ハ、ハイっ!」
「あんたらにはコレをくれてやるわ!」
『ギャー!!』
お怒りの監督から繰り出されたのは恐怖のにぎり。なぜか三橋まで一緒に痛がっているのが不思議だ。
「それから、花井君水谷君!」
『ハ、ハイっ!』
「あんたらにもくれてやるわ!」
『ギャー!!』
怒りの原因がわからない部員としては、その怒りようが不思議なほどだ。まだ練習が始まる時間ではない。欠席者もいない。全員練習着に着替えている。特に怒る理由があったとは思えない。
理不尽だという思いがない訳でもないが、怒りの矛先が部員に向いているのもわかっているので大人しく鎮火するのを待つ。
しばらくすると怒りの原因は、どうやら全くの補助なしで危険な技に挑戦していたことにあるらしいというのがわかってきた。
そんなことで。
ついついそんな風に思ってしまう。普段から訓練の一環としてジャングルジムコオリオニをしている。あれはなかなかに危険なゲームだと思うが、監督も志賀もそれについては特に何も言わない。ジャングルジムコオリオニも一歩踏み外せば地面に真っ逆さま。今していたのと、危険度についてはそう大差ないだろう。
「いいかい皆。君達は訓練でジャングルジムコオリオニをする。それと今の片手跳びと、どう違うのか考えてご覧」
「えー、違うところ?」
「なんだろ、まずやってる内容が全然違うよな」
「あと、する場所とか?」
「人数も違うよ」
「それに、跳ぶか跳ばねーか」
次々に口を開くが、志賀の表情は明るくない。
「皆大事なことを忘れているね。それぞれの目的はなんだい?」
「コオリオニはバランス感覚を鍛えるためだよ」
「体力もつくし、もそうだよな」
「では、さっきのは?」
「あれは学校祭のためっすよ、最後の決めにダイナミックな決めが欲しくて。できるかどうか試してたんす」
「そう、それだよ!」
『………。どれ?』
「君達はさっき学校祭のためにできるかどうか試していた。じゃあコオリオニはどうだった?何かを試してるのかい?」
「あれはれんしゅーっすよ。なぁ?」
「そ、あれは練習です。それから瞬発力とか・・・・・」
「練習を訓練って呼ぶと分かりやすいかな。訓練と遊びと、決定的に違うのは何だ?」
「………?」
「けってーてきに違うもの?」
「何だ?内容以外だろ?」
「訓練はきつい。遊びは楽しい」
「疲れ具合も訓練の方がハンパねー」
「考え方は?訓練って真剣だろ、でも遊びは遊びじゃん」
「じゃあ体の動きも変わってくるよ。真剣なときの方がぜってー体動くもん!」
志賀は満足そうに頷く。
「自信を持つのは良いことだ。少なくとも君達は並の人間よりずいぶん運動神経も良いだろうし、鍛えてる分体も動く。でも過信しすぎちゃいけないよ。人間誰でも怪我を避け切れないときはあるもんだ、でも自らそれを招くような行為はすべきじゃない。それはわかるだろ?」
少し優しく問いかけられて部員たちがもぞもぞと居心地悪そうにする。諭されるとその場にいづらい。ガツンと叱ってくれた方がすっきりするのに。
「上達を目指すには適した練習と場所が必要だ。少なくとも硬い地面の上で補助者もつけないんじゃ練習とはいえない。それは遊びだ。ただ、遊びでやるにはさっきのは危険を伴う行為だよ」
『………』
「さっき君達も言っていたように、真剣なときの方が体はよく動く。そして緊張しているから怪我にも注意している。でもどうだ?さっきの試しにやってたのとは大きな違いだろ?」
「………。そりゃまぁそうっすけど」
「君らはもう高校生だ。先生も百枝君もその点では皆を信用してる。でも無謀と勇気の違いを学んでもいい頃だろう」
それだけ言うと志賀は監督と、マネージャーも含めて今日のメニューの確認をするために部員から離れた。残されたのは少しあっけに取られた部員が10名。
「……おっかねぇ」
「あーあー、怒られた」
「ま、しゃーねーよ。今日のは甘んじて受けようぜ」
「やるときはバランス崩しても支えられるよう補助つけて、真剣にやる。首折ったらシャレになんねー。それでいいか?」
『いいよ!』
「じゃ、この調子で練習頑張ろーぜ!」
『おおっ!!』
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